ー YOJYO -メモ  2016/10/15 パフォーマンス@古河

 




・・・ YOJYO・・・

よじょう

 ヨジョウ 

・・・余剰・・・余情・・・

余剰価値、余剰金、余剰人員、余剰農産物、余剰地、余剰分析、余剰在庫、余剰残高、余剰食糧、余剰電力、余剰戦力、余剰買取、消費者余剰、生産者余剰、社会的余剰、余剰容積率、余剰在庫、余剰汚泥、
余剰空間
余剰次元

余剰溢れる時代・・・

余情表現、余情妖艶、余情幽玄、花鳥余情、余情残心

余情失われし時代・・・




上に挙げた余剰熟語の「余剰」を「余情」にすりかえてみる

・・・すると素敵な世界に変容す!




余剰が不足を生み出して

余情が不足を潤した








ーYOJYOー第48回"a ri A Ru Creationz" The Art Project@コガミライ文化祭2016 ~Sozo世界を旅行する~


今回のYOJYOを切欠に 

改めて
現代における「余剰」の膨大さにため息をつき

「余情」の芸術表現の奥深さに感嘆した



「余剰」に於いては、すぐさま「足るを知る」を思い出す

そもそもこの世界に「余剰」など無いのだと思う

ある囲われた世界の視点によって便宜的に表現される概念に過ぎない「余剰」

便宜的にいうならば、「余剰」は「不足」によって支えられている

質量保存の法則ではないが

自然はいつも自然に帰ろうとする

その中で「余剰」を不自然さと便宜的に言い表すなら

不自然さを自然になじませていくことが自然なのだ

故にどんな不自然さも結局は自然に改修されていく

その自然の働きに抗うのか?沿うのか?

その岐路に人類は今二分されていっているように感じる



私は自らの体験や経験や感覚から

自然の働きに沿う道を歩み初めて約15年・・・

まだまだ自然の働きの入り口しか知らないが

その果てない豊かで生き生きした世界を

主に身体、躰、體、身を通して

途方に暮れながら 

にやけ

心地よく

驚きをもって


歩んでいる



かつての歌人達が愛でた「余情」

今はもうほとんど消えかかっているかそけきその「余情」の起こりを


我が身の深淵の今に糸を垂らしながら

ーYOJYOーの中に身を集注させたいと思う













余剰の無情


余情の無常


人間途上


諸行へ愛情








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「祝水-はふりのみず」に御来場頂いた皆様、ありがとうございました。



感覚の蘇生をコンセプトとするアーティスト、和泉侃
自然に根ざした日本古来の心をテーマとする舞道家、柳元美香

この二人が総合演出する「水」をテーマとした舞台に出演できたこの縁
そして、この舞台を支えて下さった多くのスタッフ、アーティスト、共演者
並びに、会場まで足を運んで下さった多くの皆様方に
多大なる感謝を捧げます

ありがとうございました。


私も、かつての日本文化が有していた感覚の蘇生を探求しながら、現代の身体感覚の可能性も見据えつつ舞台を生きてきました。
それ故に、この舞台と縁を結べたのではないかと感じております。

「縁」のちから
その縁も水が運んでくれたのかもしれません。

「自然はいつも自然に還ろうとしている」

そのちからに出来るだけ抗わぬよう氣を付け、日々生きて来たことが幸いしたのだと、そう解釈しようと思います。

新たな出会い、新たな繋がりを作ってくれた「祝水」

改めてこの「水」に感謝を捧げ、これからもその「水」の存在を身に宿し、次へと流れて生きていきます。


舞踊家・俳優 金野泰史 拝

「祝水」メモ 2



「水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる」
九世英雄

地に沁みないのか?
その水は
待てないのか?
沁みるまで
沁みる地をなくしたか?
アスファルトに覆われて
沁み尽きぬか?
湧き出ずるまで


巡る命を止める文明
シミュラークルに阻まれて
渇いた心は帰郷をもとめ彷徨える

Blue gold、Water War
虚無の数字をあてがわれ
人の命を省みず
水が売買されている

命の水は誰のもの?
水の命は誰のもの?

近年頻繁に起きている
世界各地の大規模な洪水、干ばつ

水の神が溢れて消えて
おおくの命を飲み込んで
おおくの命を巡らして


洗面所の蛇口を
ひねる
右回り

水が出る
とどまることなく
水が出る
今は飲まない
水が出る

雨が降る
穢れを流す雨が降る
恵もたらす雨が降る
溜めて飲めない雨が降る


「水は決して汚れない」
ただ、含むだけ
人の穢れ含むだけ
全ての記憶を含むだけ

地に住む
数多の生命が
世界の穢れを引き受けて
原始に還す
水の源

水の命は誰のもの?
命の水は誰のもの?



世界を映した水滴が
蛇口から一滴
零れ落ちる

水の音が
身に響く
波紋広がり
身に沁みる

過去も未来も洗われて
ただ今ここの
命湧く
すくった水の
姿なさ
二度とすくえぬ同じ水



予感する
期待せずに
耳澄ます

振り返る
水の音

蛇口を
ひねる
左回り






《地脈》


一滴のはじまり

はじまりの一滴

一滴の水

一滴の命

一滴の雨

一滴の血

一滴の死

一滴の川

一滴の悲劇

一滴の海

一滴の憤怒

一滴の波紋

一滴の歓喜

一滴の音

一滴の愉楽

一滴の惑星

一滴のひとり


それは
降り続けている
したたり続けている
流れ続けている
姿なき一滴


生きつもどりつ
逝きつもどりつ

雫へ溜まり
雫に堕ちる


水を飲む
純も不純も
混じることなく
分かつことなく
咽喉降りて
しみじみる

数量化されずに一滴
個体化されずに一滴

地にしたたり
地からしたたり

湧き上がる一滴に幾千幾万の時流は巡り恵まれ
ぽつぽたり

潤える身に
潤える心

垂れる一滴
芳しく
地に沁み入りて
行き渡り
天地繋げし
脈々と
目から零れる
一滴の
同じ水にて
巡ります
不可視の地にて
巡ります






「祝水」メモ




「未知の水」


ふと、思った。

私は「水」を見たことがあるのだろうか?
私は「水」を知っているのだろうか?

降り落ちる雨
ガラス窓の水滴
水溜まりの波紋
傘叩く雨粒の音
裾を濡らす泥水

私の知りうる「水」
それらの「水」とおぼしき「水」

海、波、津波、河、川、濁流、滝、沢、わき水、沼、湖、池...
それら自然の織りなす「水」の風景

水道水、貯水、用水路、ダム、排水、冷却水、井戸、風呂、シャワー、飲み水、ボトルに入ったミネラルウォーター...
それら文明の形作る「水」の姿

私の前に水がある時
「水」は必ず何かの姿をとっている

だが、ただの「水」
そのままの「水」
ありのままの「水」
...純水...

それらに私は出逢ったことがあるのだろうか?


それは液体では捉えきれない
それはH2Oでは捉えきれない
それは正四面体では捉えきれない
それは19.5度では捉えきれない
分かつことのできない「水」


その「水」に出逢うため
わたしは私の形容を解くことに努める
わたしが人であることも忘れ
自然も不自然もなく
純粋であることが純水とあい通じ
みなもとに届くと予感して

それが私にとっての
水をはふる(祝)ことやもしれないと





身をひたす
未知の水








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「祝水-はふりのみず」のグランドファンディング!に御協力を!9/25迄!!

※クラウドファンディングとは?
インターネットを通してクリエイターや起業家が不特定多数の人から資金を募ることを言います。
群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語で、
製品開発やクリエイティブ分野などで利用されることが多いです。





9/26に参加する再演の作品

「祝水-はふりのみず」クラウドファンディングを立ち上げてます。

今回新たに様々な息吹が吹き込まれた「祝水」
是非の御協力をお願い致します!
https://camp-fire.jp/projects/view/10114

祝水@サントリー表 




私がクラウドファンディングを知ったのは、どれくらい前になるだろうか?

5年前以上であることは間違いないとおもうのだが・・・

初め、このシステムを知ったときは、芸術などにも、いいシステムだと思い、自分もやろうかと思ったものだった。

芸術の歴史として、その質の向上、発展にかかせなかった大きな要因に、パトロンや旦那衆制度があったといっても過言ではないと思う。

だが今やほぼ存在しないパトロンやら旦那衆に変わるシステムとしての可能性を感じた。

昨今クラウドファンディングの認知度は上がってはいると感じているがどうなのだろう?

また、そのシステムが上手く互いのニーズを満たすに至っているのか?否か?

これだけでも十分に一冊の本が書けそうな内容になりそうだ。



ということで、クラウドファンディング自体の話は置いておき。

「祝水」のクラウドファンディング!

前回の06//11,12は梅若能楽堂の能舞台での公演。

能という芸能の歴史が積み重ねられた舞台空間に乗っての「祝水」

だが、今回は音楽(特にクラシック系)の演奏会の為に作られている空間での舞台。

舞踊作品や舞台芸術の為には作られていない空間。

ということで、一から舞台を組み、舞台空間を作り上げていくとのこと。

舞台経験が無い人には、なかなか想像し難いとは思えども、これはとても大変なこと!

例えば、私が舞台空間、舞台美術だけでも本当にやりたいことをやろうと思ったら、100万200万なんて簡単に飛んでいってしまう・・・そんな世界。

もちろん様々な制約、限度ってものはある。

その中で、どうやってやりくりするのかってことも重要なことではあったりするのだが、

その制約、限度っていうのを、かなりぶっ飛ばした舞台空間を創造しようとしているのが今回の「祝水」

ということで、総合演出の和泉侃くんの言葉を下記に載せておきますので、

リンク先のクラウドファンディング「CAMPFIRE」も見て頂、ご協力いただけたら幸いです。






9/26に公演する作品「祝水 - はふりのみず - 」

の空間づくりには、

様々なアーティスト・作家・クリエイター・デザイナーの方々が関わって立ち上がります。

水をテーマに' 心が原点に還るような体験' を生み出す作品に成るべく、

1からの空間づくりに挑戦しています。

光、衣裳、美術、植物など...

何とかして最後までこだわりを追求して

サントリーホールの30周年を記念する場で作品をお届けするために、

応援してくださる皆様にご協力をお願いしたくクラウドファンディングを決意しました。


購入頂きましたら、非売品となるものを特典としてお返しできるよう、様々なプロダクトを用意しております!

また、12月にはクラウドファンディングに協力してくださった皆様への感謝祭を企画しています。

ぜひ シェア・拡散にご協力をお願い致します。

どうぞ宜しくお願い申し上げます!



和泉侃


プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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