清いじゃなくて…

見た目の問題じゃないんです。

ボロを着ていようが、風呂に入ってなかろうが、臭かろうが、そういう外見的、客観的なことでなくて(大概は比例しますが)、逆に綺麗な格好をしていようが、清潔にしていようが、いい匂いをさせていようが(大概は比例するかと思いますが)、「汚くない」という状態を表す言葉が浮かびません。

「汚い」の否定系ではなくて、何かいい形容詞はないものかと…


脳は「汚くない」と言っても「汚い」だけがpickupされてしまうようなので、否定系でない言葉…

無論、「清い」または「綺麗」は浮かんだのですが、「清い」だと、どうもヒューマニティックさにかけてしまうから面白くない。別に欲があっていいし、絡まっていてもいいし、詰まっていてもいいんです。ヒューマンだから。

「綺麗」だと、余りにも客観的過ぎる。 外見的な誤魔化しのきかないところの「汚くない」なんですよね。


ふと思ったのは、人が横柄に介入していない、自然循環の中に「汚い」って感覚ってないな~と思いました。

そりゃあ糞尿は臭いし、ばっちい感は無論ありますが、私の感ずる「汚い」は当て嵌まらない。


「汚くない」の肯定系って何かありまでしょうか?


まあ、失礼な話なんですが、格好とかはそれなりに小綺麗な感じがあるんですが、なんとも「汚い」感じの人がおりまして、「汚いな~」と思ってしまい、私も小汚ない格好などはしますが、見た目じゃなく「汚いな~」と思われるようにはならないようにしようと思った次第でございます。


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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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