失望と絶望

私はよく自分に落胆する。

大袈裟に言えば、失望だ。


原因の大概は、ある結果を出す為に、動くことをさぼったツケが回って来たと言うことだ。

私の場合、そのツケの回ってくることを早期に知覚することが出来、それは幸いなことである。

何故なら、自身の求める結果を私が把握しており、自身で結果を出す場を設けることが出来るからである。

結果の設定…

そう、その設定は感覚的な割合が多いがハッキリしている。しかしその前に必要な、目的の設定と、行動の設定が曖昧である。だから、サボりが発生するし、自分に失望するわけである。


悲劇的喜劇。


ヒューマニティック…そう言って笑っていいのは、そのリスクを背負えている、覚悟している人だろう。


で、失望。

私は自分に失望することは、いいことだと思う。

失望出来るということは、希望を持っていることであり、悔しさの現れ、向上心の現れだから。

そして失望は自分で選択した結果。

だから、自分で再度、希望を持てばいい話なのだ。
それも自分の選択次第。

しかし、絶望は希望を絶つという意味としたら、主語は自分なのである。

自ら希望を絶つ=絶望


これも自分が選択することだが、これを選択することは、一つの可能性を自らの手で潰してしまうことになる。

自分に自分で枠組みを作って行くことだ。

だがしかし、枠組みをまだ設定していない世界はあるから、そちらへ向かえば良い話なのだが、ここで言う絶望はその人自身の枠組みを形成してしまうものなので、絶望はしない方がよいと言うことである。


本当のことを言えば、失望も絶望もしない方がよいのだが、なかなか難しい時もあると思うので、せめて失望にしようと言うことである。


なんだかまとまってないが、何となくと言うことで… (苦笑)

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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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