舞台「戦争と一人の女」に御来場頂いた皆様方へ御礼申し上げます。



随分と遅くなってしまいましたが、
舞台「戦争と一人の女」新潟公演、横浜公演と無事終演を迎えられたことに感謝と御礼を申し上げます。
多くのスタッフ、お手伝いして下さった皆様、
そして、この舞台を支えてくださった、観劇者の皆様方。
誠に有難うございました。
そして、新潟でのチケットトラブルをはじめ、不快な思いやご迷惑をおかけした方々に謹んでお詫びいたします。申し訳ありませんでした。
本当いろいろと大変なことが連続であった座組みではありましたが、その分得たものも多かったのではないかと感じております。
これからも、上田晃之を応援して頂ければ幸いです。
そしてわたくし、俳優金野泰史は終わり、俳優YASUCHIKAとして新たに出発します。

舞踊家・俳優YASUCHIKA
として今後とも、よろしくお願い申し上げます。






生で見たことも、聞いたことも、嗅いだことも、味わったことも、触れたこともない戦争に、様々な資料や文献や文学や言葉や映像や映画や、そして安吾からヒントを得て、想像力とこの現代に漂う戦争の匂いでもって、戦争に触れに行く行為は、一つの終わりを俳優金野泰史として迎えた。

今年からリハが始まり、3月の東京、10月の新潟、11月の横浜…
その間の9月に舞踊家金野泰史の生前葬を挟んで終わった2017年、舞台人金野泰史の戦争。
ほぼ一年間の戦争… 架空の戦争…

10月の新潟公演に向けて、何度も諦めそうになった「戦争に触れようとする」行い、行為…正直体力がなかったんだと思う。
知りもしない戦争を思い、戦争を感じようと試み、戦争に触れようとすることは、とんでもなく体力がいることだ。

ふと思う。
リアルに戦争を知り、見聞きし、嗅ぎ、触れたひとりびとりが、戦争を語ることを嫌がり、また戦争という厖大な事件に永遠と囚われざる負えないその戦争の強度を、多少なりとも知り得ることが出来たのではないかと思う。


「ああ、すべてが敵の悪、戦争の悪のせいだと言い切れるのだったら、どんなにいいことだろう」

武田泰淳「汝の母を!」より

「汝の母を!」の文脈なくして、この言葉を引くことに値することを私はここに書いていないし、書けていない。
そして舞台「戦争と一人の女」の劇中でもそれは表現されてはいなかっただろう。
ただ自分の中にこの言葉が思い起こされ、自分の為にここに記しておきたかった。

戦争を知らない者が、戦争を表現することの危うさ。
そんなことを思う。
そこを注意深く扱う必要は、戦争の匂いが濃くなっていけばいくほど、必要だろう。



一俳優として、私が目指していたのは、戦争の匂いを、その臭気を立たせることだった。
「戦争」という言葉が入っており、現代に於いて立ち上がらせた舞台であるならば、原作が坂口安吾であろうとも、殺戮の20世紀を終え、21世紀になった現代においても絶えることなく連綿と続く戦争の臭気を立ち上らせ、今戦争体験者が殆ど居なくなっている時代に突入しているからこそ、戦争の臭気は必要とされうると私は感じている…

だが、

果たして私はそれを成し遂げられたのだろうか?
私は自身に問う。
この国の中で生活している以上、この国が戦争の臭気を濃くして行っている昨今、私の中にもその臭気が濃くなると私は思うのだ。
その私の中に濃くなっている戦争の臭気を意識上に掬い上げて、それを表出させること。
その一つの重要だと感じていた役割を果たし得たのだろうか?

自分の中にある戦争
戦争のシード
戦争とのコネクト
戦争とのジョイン


張りぼての「平和」の中にある闇を見ずして、蝕まられ、生きているのか?死んでいるのか?も曖昧な安心安全に死の不安を煽られ、毒を盛られながらも、生命維持活動をし続け、生命はもはや消耗品として扱われているにも関わらず、周到に個人を分解、粉砕されたひとりびとりの人生や、地球のあまねく生命への敬意なき犠牲の上で成り立つ「平素」「平和」に、ボケて暮らすことを、

私は拒む…

坂口安吾は書いた。そして私はそれを舞台上で言った。
「人間は生きることが全部である。死ねばなくなる。・・・(中略)
私はユーレイはきらいだよ。死んだのに生きてるなんて、そんな
ユーレイはきらいだよ。」


再び私は私に問う。

私は己の生身を通し、その「拒む」態度を、姿勢を、生々しい言葉で舞台に響かせられただろうか?
戦争の臭気漂う言葉を。

石原吉郎の言葉を引かせてもらう。

「・・・ことばが徐々にでも、腐食して行くなら、まだしも救いがある。そこには、変質して行くにもせよ、なお持続する過程があるからです。持続するものには、なおおのれの意志を託することができると、私は考えます。・・・」

私の意志…
私の意…
それは言葉に乗っていたか?
意を乗せられたのか?
私の意乗りは
私のイノリは
あっただろうか?


War is Over
if I want it…
if you want it…

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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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