時の感覚

  

時短(時間短縮)や、移動時間の短縮などなど
時間を縮める仕組み、生活様式などが、実際の時間を縮めているのではないかと・・・ふと考える。

現代文明は、合理化、システム化、機械化などを経て、時間を縮めることをしてきた。
それを一つの見方で言うならば「便利」ということだ。

時短の分かりやすいのは、移動時間だろう。
飛行機、電車、車を使えば、これらが無い頃に比べたら、とてつもなく早く移動できている。

そのように時間を縮めてきたにも関わらず、現代の生活の様を見ていると、随分と時間に追われている。
時間を縮めてゆったりするどころか逆に、せかせかとしている。


なぜなら、「我々現代人は、時短によって、実際の時間を縮めているから」ということだ。
時間については、このブログでも書いたことがあると思うが、(時間の何について書いたかは忘れたがww)
とりあえず、ここにおける時間の定義として、「時間とは感覚的なものである」という風にしておく。
これを、説明するとまた大変なので、置いておくが、一つ「時間とは感覚的なものであるからして、共鳴されて流れるもの」であることは言っておこう。
(時計という機械が、客観性なるものをあるかのようにしているので、厄介になるのだが・・・主観や客観をやめて、概念観と響命観とすればいいのだが・・・)

で、上記の時間の定義からして、「時短は時間を縮めるもの」ということだ。
って、そのままなので、分かりやすく言うと冒頭に言った
時短は実際の時間を縮めている」ということだ。
また違う言い方をすると「時短によって、はやく(早く、速く)なったわけではない

これから、言いたい事は

「はやさ」は自然界の時間感覚の中で、はやくなったもの。
「時短」は自然界の時間感覚とズレていっているもの。


その「時短」というのが、現代人と自然の不和を生み出しているのではないかと思うのだ。

そして、その不和が、環境破壊や、環境問題へと繋がっていると思うのだ。
また、身体の不具合もこの「時短」が原因かと思われるのだ。
慢性病や現代病といわれるようなものは、この自然界の時間感覚のズレによって引き起こされているのではなかろうか?
大雑把に言うと、「病というのは、自然界(生命体)から(感覚体が)離れてしまったズレを調整する機能
別の言い方をするならば、「病は、自然界(生命体)との不響・不和を、共鳴・調和する機能

野生動物に病がないのは、自然界の時間感覚の中で生きているから。
人間に病があるのは、自然界の時間感覚とは別の時間感覚で生きる社会を構成したから。

ストレスというものの原因の一つにこの自然時間感覚とのズレがあるのではないだろうか?
漠然とした不安感というのは、ここに起因するのではないだろうか?

三次元を縦、横、前後(時間)とし、それを時空とするなら、
「時短」というものは、時空それ自体を、小さくするということだ。

「世界はどんどん小さくなっていく」舞台「蟻のごちそう」by夢現舎という芝居があるのだが、内々ネタだが、それを思い出したwww

因みに、私が舞台をやる上で意識的に行っていることの一つに、時空を歪める、時空を変容させることがあるのだが、これは「時短」とは違う。
時空の変動が感覚的であるということをある意味提示しているアプローチだ。
そして、それを生身で行っているということが、超リアルを提示するということ。
超リアルとは、人間力、または生命体力が上がれば、もっと開かれる世界のことだ。
超リアルにアクセス出来るわけは、舞台が凝縮の作業だからだ。
この「凝縮」というのは「時短」とは違う。
「凝縮」は密度の問題であり、自然界の時間感覚を取り扱う
「時短」は切断の問題であり、自然界の時間感覚から切断されている、または自然界の時間感覚自体を切断している。

ということで、やはり身体感覚が重要だ。(大分飛んでしまっているかもしれないがwww)
身体感覚は自然界の時間感覚と響命している。

だが、概念化された身体とうものがこの有史以来より生み出されてきて、その概念化された身体のレイヤー(層)を無視することは出来ないので、自然界の身体観と響命させていくしかない。

それは、「一」であって「多」である。
それは、「多」であって「一」である。



「多」が響きあって「一」の音楽を奏でている。

その響きをより美しく

美は生命力



そう結んでおく





















移動時間で空間を歪めた地図があるのだが、ネットで探そうとしたが、途中で諦める・・・www
ちょいと似たようなのがあったが、ポイントと線でしかないので、残念なのだが・・・一応これでも面白さは伝わるかな?
http://notte.val.jp/blog/2015/04/2022/

ということで、小生が見たと思われる地図のリンクがあったら教えて下さい!


しかし、この話はもっと掘り下げ、広げられるが、長く書いていると、変な方向へ飛んでいくので、またまた。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード