3年目を迎えた3・11に「覚悟」というキーワードと「変化」を感じながら




3年前の当時のことを思い出しながら、流れた月日の質量が実感されないまま日比谷公園へ向かい

Peace on Earthのセレモニーで黙祷を捧げた。

何故だか分からないが、家で一人その時を迎えることが不似合いだと感じてのことだった。

印象に残ったのは、藤波心の演説

言っている内容よりも、彼女の声が響く

言葉のチカラ 

それは、言葉の形ではなく 言葉の意味ではなく 言葉の音を響かせる振動・波動 動きだ

その動きを出すには姿勢、アティチュードがないと生まれず

そのアティチュード、姿勢は「覚悟」から生じる。


「覚悟」ってのは一度すれば終わりってものではないと思う。だからブレたり鈍ったり変化したりもする。
それは動いているからで、それが生きているってことだから、生きている以上、常に「覚悟」は更新し続けるものであり、
一度「覚悟」を貫けば、自ずと更新させられるような出来事が舞い込んでくるものだ。

そう感じている私だが、もしかすると一撃で過去も未来も今の貫ける「覚悟」があるかもしれない。
「悟り」なんてよく分からないが、たぶんその「覚悟」と似ていると思う。



14時46分 地震発生

日比谷公園に集まった人々は黙祷を捧げた。

みんなひとりひとり思い思いでの黙?と言う儀礼を行うそれは風景で

大きなチカラだ

目に見えない、聴くことも出来ない、通り抜けるチカラだ

全体主義やファシズムや新興宗教に見られるマインドコントロールされた盲目的な定められた欲望の放流のそれとは違って

目的地は同じだが、距離も空間も道筋もそれぞれ違う波が共振し合っている様だ

人間の愚かさに絶望している私だが、

このような風景を観させてくれるのもまた人間

どちらも同じ人間で、どちらも同じ命



多くの人が亡くなられた

それは数でもなく、量でもなく、ひとりひとり

つながっている ひとりひとり

人(と)人、人(間)人、= 人間


そうして、3・11の出来事は3年たった今も、まだまだ「ひとりひとり」を殺していくだろう。

福島原発事故によって、それらに絡み付いている利権によって、その利権を生み出すシステムによって、この社会のシステムによって、殺されていく人間、ひとりまたひとりと。




今、2時46分・・・当時確かまだ余震収まらず、Twitterとテレビを睨みつつ、東北の状況を考え、帰宅難民の友人のことを心配しながら不安な夜を過ごしていた。

今は緊張はない。しかし不安も懸念も心配もある。3・11の当初よりそれは広がり深くなった。

そしてその分「覚悟」が出来上がってきた。 

まだまだ貫くような「覚悟」には程遠いかもしれないが、「覚悟」はある。



3・11は時代を変えた。

私は私なりの乗り方で、その時代の潮流に乗っている。

3・11当時の自分に言ってやりたい

「俺は変わったよ」と




今は3時5分前

津波の余波で取り残された人、冷たい汚水の中で苦しんでいる人、生死の境をさまよっている人が多くいた時間だと思う。

改めて、3・11の地震・津波、また原発事故からこの3年間で失われた全ての生命に黙祷を捧げたいと思う。







黙祷








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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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