後記 Takashima Artist in Residence

 



今振り返ってみても、偶然という名の必然の中で奇跡的と驚いてもおかしくないような高島の日々の中で・・・





11月14日夜に高島に入った。
まだどのような展開でeventを迎えるのか判然としないまま、仲間のアーティスト達の根城へ

eventperformanceの相談をじっくり出来ると思っていたけど、蓋を開けたらかなり大変な状況で(苦笑)、じっくりそればかりとはいかない中、合間を縫っての相談の中で、必然としか思えないような歯車の回り方をしていく・・・

キーは高島にあった蛇(「ジャ」は龍の意味もある)の伝説。

伝説と言っても、実はそんなに古くなかったりするのだが・・・伝説、神話は新たに作ればいい。
この現在も新たな神話が生まれているみたいなものなのだから

私の中で歯車が噛み合った大きなキッカケは、東京で準備をしていった衣装だった。
11月の寒空の中、外でのperformanceは寒さ対策がネックとなる。
寒さが苦手な夏好きな私には、暖かな衣装という条件は欠かせなかった。

その要望の基に、衣装のイカラシチエ子氏とスタジオに入り、相談をしながら作ってもらった衣装は、初めのイメージとは変化して行き、即興的に作られていった。 
で、もちろんその時には蛇のイメージはなかったのだが、高島の蛇の伝説を聞いたときに、作ってもらった衣装が、「この為か!」というくらい、そのデザイン性が私の中で落ちてきたのだ。


蛇のウロコのようなメインパーツがある衣装で、そのイメージは蛇でも龍とでも変容するものだった。

そこから回り始めた歯車は、蛇の伝説をモチーフに、次から次へと繋がり始め、仲間の作品との関係性も色濃くなり、それはまるで初めから、このような物語性を帯びた展開を待ち望んでいたかのような必然を覚え、私たちがこの島に来たのも、その必然に引っ張られ、この島に呼ばれて来たように感じさせられた。

その次々と繋がる必然の物語性に、私は驚きながらも、まるでそうであったかのような感覚も同時に持ち合わせていたことは、今振り返ると不思議でならない。 


私は今まであまり「場」を重要視してのperformanceということをしたことがなかったと記憶している。
普段日常では「場」というものへの感覚は開いているのだけれど、基本的に、公演やperformanceでは、ある区切られた空間の中で、その空間を作り上げている「もの」「こと」「ひと」には意識を向けるが、その土地という「場」のことを強く意識したことはなかった。 むしろ「場」は自分で創っていくようなアプローチをしてきたわけである。

ということなので、高島という「場」というものを大きなテーマというか基盤においてperformanceをするということは、初の試みだった気がする。 
この試みは以前から凄くやってみたかったことであったので、とうとう機が来た!という感じでもあった。 
(本当有難い話だし、この時期だから巡ってきたのだとも感じている)

そんなこんなで、高島を自転車で回らせてもらいながら、(ぐるっと回るだけなら、自転車で3、4時間で回れてしまう) ポイントポイントで、ゆっくりと身体を動かしながら、高島を感じる作業をしていったのだが、その作業の中で、今まで感じたことのない感覚が私の中で芽生えてきた。

ちょいと飛んだ話になるのだが、その身体を動かしている中で(舞う中で)、高島のvibrationと自分のvibrationがシンクロするような感覚を覚えたわけだ。 もっと別の言い方をすると、高島に自分が受け入れてもらえた感じがしたわけだ。 
高島という「場」に自分が迎え入れられている感覚・・・
勿論、私は高島との接点は今までなかったし、別の土地、よその土地の感覚はあるのだが、高島というものを一つの生命体とすると、その生命体とシンクロ、響振した感覚のようなものを得た気がして、その感覚というのはとてもperformanceに重要な要素となっていたのだと思う。

その経験を前日に得ての、当日16日のevent openingのperformance、その翌日17日のevent clothingのperformanceは、16よりも17の方がよりアーティスト仲間の息吹も入り、音楽隊とのコミュニケーションもとれたし、二日通して観て下さった島の人達の感覚のほぐれも相まって出来は良かった感覚があるが、両日ともに感じたものは、「場」がチカラを貸してくれた、後押ししてくれた感じが強かった。 (踊りだけとったら、ダメ出しはわんさかあるけど苦笑) 


高島 


高島 

17日clothing eventの様子
ArtWork 吉野祥太郎
Paint 日下部泰生
Costume イカラシチエ子



その「場」のチカラが自分を通して具現化されるような感覚というのは、今まで感じたことはなく、performanceが終わったあとの疲労感というものが、今まで「場」を自分で創造してきたようなアプローチの疲労感とは違ったものであったことは、記憶しておきたい。 
この感覚がそうなのか分からないが、シャーマンが感じる疲労感ってこんな感じなのかな~と漠と思っている。 


私の舞における理想の一つはシャーマニズムだ。
私という我を最小限に減らし、その「場」にあるエネルギーを、自身を通して具現化する役目としてのシャーマン。
それは、自身の生命でもいいし、自身の生命と別の「場」やエネルギー体の響命を表現化する身体としての舞踊家シャーマン。
そんな理想をポロリと吐いてしまいたくなる経験を、高島という島で出来たとことに、多謝感謝! 


それもこれも、このresidenceに誘ってくれた吉野祥太郎をはじめ、仲間のアーティスト、ミュージシャン、多くのスタッフさん、島の実行委員会の方々、島民の方々、ボランティアの方々、お客さん・・・全ての関わって下さった皆様方、お命様方へ深くお礼を申し上げます! 

 




そうして、最後に島を出発する直前に、また何かに誘われて釣りに出たその堤防の先で現れてくれた虹に、今回のresidenceがどういうものであったのかが表れていると思うのです。
本当に素晴らしい体験でした。






こんな素晴らしい虹を観るなんて、祝福されているとしか思えない! 

虹に包まれていた感覚! 一生に一度の虹だと思う。







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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



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