「中心」または「真ん中」

 



中に心 中が心 中へ心 中と心 中で心 中の心 中を心 中は心 中な心 ・・・

まあ「中に心を」って感じが一番いいのかね? 
「中心」逆にすると「心中」 
「中」ってのを身体にしてみたら
「中心」は「身体に心を」。 「心中」は「心に身体を」・・・奪われる。 まあ奪われるってのも変な話だけど、心が剥き出しになっちまって、肉体に条件付られた世界から心だけの世界へジャンプするって感じだと、「心中」な感じする。


心って身体の外に飛び出してあっちゃにいったり、こっちゃにいったりするので、「中に心を」 
よく言われる、「心技体」ってやつですね。
だから、「心に中を」でもいいんですが、基本的には肉体が物質的な行為をするので、あっちゃにいったりこっちゃにいったりする心を身体に繋ぎ留めておく、またはすり合わせるのが「技」ってやつですね。




と言うことで、「中心」または「真ん中」。

身体感覚における「まんなか」。

それは物理的測定における中心点ではなく任意の一点。 
任意と言えど、それは個人の意思決定における一点ではなく、身体感覚における一点。

それは特殊な状態でない限り、大体が丹田と呼ばれるあたりに感覚する。
だが丹田という部位における区分は、感覚していくためのフィルターの一つであり、その一点においてあまり意味をなさない。

なぜなら、その一点をクローズアップしていった空間における物理的中心点とその一点は必ずしも同じではないし、むしろズレていることの方が多い。 というよりもズレているから生きているとも言えるものである。
故にその一点とは、空間認識における中心点という概念よりも、一点の「存在」という概念で捉えるほうが感覚しやすい。



「中心」、「真ん中」を意識、感覚しての登山。

<パターン1>

まず自分の「まんなか」を感覚する。 
次に山の「まんなか」を感覚してみる。

そしたら、その自分のまんなかと山のまんなかをすり合わせる。 

以上

<パターン2>
パターン1の状態から、自分が動くのではなく、山を動かす。

「万有引力とは引き合う孤独の力である」 by.二十億光年の孤独

山を動かすというと横柄でもあるので、謙虚に動いている山を捉え、乗る。


以上


妄想でしょうか? いいえこだまです。  意味不明。




 







 

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード