子供の心でなく、子供の身体…



「少年のこころ」を持ち続ける・・・みたいなことがよく言われたりすると思うのだが、(特に芸術の世界においては、少年(または子供)のこころ=開放された感受性みたいなことの比喩にも使われたりするのだが)こころは身体に宿るものとして考えると、「少年のこころ」を持つためには、少年の身体になっている必要があるのでは?と思い立ったわけだ。
それは「人生と身体を別々にするな」という観念を持っている私としては、必然と出てくる疑問であるからして、そいつを問いにし、どのようにすれば成立するのか?と考えるわけで、やんわりと考えてみた。

大人になるということはある種の骨の観点からすると固定化、硬質化されることのように思われる。
例えば、頭蓋とか。はたまた各関節とか背骨とか。
無論それに付随する筋肉もしかりだが。

頭蓋骨はご存知かもしれないが、生まれてくる時には、全然固まってなくて、各プレートは接合されておらず、産道を出る時に尖らせて出てくるわけだ。 また仙骨などは、初めは別れており、成長と共に固定化されて、一枚の骨になるわけだが…。
他に各々の関節にも同様のことは言えるだろう。
赤ちゃんの頃には、とんでもなく柔らかかった骨が固定、硬質化するわけだ。

それが、二足歩行を宿命づけられ、頭蓋骨も脳を守るために固まる必要もあり、腹腰を立たせるため?に仙骨も一枚骨に成るのは必然として、身体運動の不足、または偏りが、慣習とともに各骨、間接を幼少期よりも固定化、硬質化されていくのは自然の流れもあるが、確実に、過去よりも現代社会に生きる人々の方が、早期に固定、硬質化が進んでいるだろう。

その固定化、硬質化していく身体とは、要は老化現象だ。
老化を普通に考えれば、筋力が低下するので、その筋力を補うために、骨を固定、硬質化していくプロセスは自然の流れではあるのだが、それが低年齢化している。

とっちゃんぼうやの大量生産だ! それはまずいよね〜。 (大量生産も揶揄だけど・・・)

ということで、固定、硬質化した身体を柔軟にしていかなくてはならない! と思うわけでして。
といっても、所謂ストレッチももちろんいいのですが、もうちっと違ったアプローチもあるわけなんです。

私が相手にしたいのは、骨。
骨の関節等の可動域を良くすればいいのです。
解剖学的に言えば、骨そのものが柔らかくなるわけはないので、要は関節ということです。
関節といっても肩関節とか、股関節とか、大きな関節はもちろん大切なんですが、それ以外にも大切なのが、例えば椎間板みたいなものですね。骨と骨の間の軟骨。
それもやりようによっては、柔軟性を取り戻せる! 

私はそれを「弾力」とよんでいるんですけど、「弾力」のある身体を取り戻す。
赤ちゃんなんかは、ぷにゅぷにゅして柔らかいですよね。
まあそれは肉の話ですけど、そうでなくて、質の問題として。 

という感じで考えている・・・

で、まとめると「少年(子供)のこころ」を取り戻すには、「弾力」のある身体を取り戻すってことですね。

その「弾力」のある身体を取り戻せば、子供のような感受性、柔軟な思考も取り戻せるのでは? 

そう私は確信しておる次第でありました。
 





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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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