クソを食らっても出せればいいのよ



クソな脚本のクソな演出のクソな芝居を見てきたんだね。 
そのクソに3000円だしてね。

やっぱり俺は基本的にペシミスティックな質だと思うんだけど、自分としては自分に正直でありたいだけなんだけどね。

ということで、ペシな方面から、クソにも何かしら自分にとっての価値を見出そうと考えていたら、こう思ったわけだ。

この時代のこの時期に、このクソみなたいな芝居に、3000円を出したってことは、(中身を知らずに行ったとしても、自分で選択したことだからね、責任を自分で取らんとね)芝居がある種現実の世界の見えていないもの、気付きづらいものを虚構であるからこそ浮き彫りに出来る機能があるとするならば、全くもってこのクソに3000円を出した行為はこの現実とリンクしているのではないかということだ。 

俺は自分で選択し、対価を払っているにも関わらず、その対象に対して文句を言っている。 それがどんなにクソなものだと後で知っても、それは自分に責任があるということだ。 そういう運命ということなんだね。またはそういう自分の人間としての実力と言ってもいい。

それを踏まえた上で、文句を言っているとしたら、自分に対して言っているということなんだな。
だから、文句を言わないようにということではなくて、自分に対して言っていることも忘れてはならないということだ。 その上で、文句も垂れる必要があると感じるなら、それ相応の意思表示をしなければならない。責任の取り方というのは、そういう形もあると思う。

それから現実社会に於いて、俺はクソに対して知らず知らずの内にペイをしているのではないかということだね。 
文句を垂れときながらもペイをし続けている。 
絶対に許せないとか、絶対に反対だとか言っていたとしても、その反対しているものに、どこかしこで加担しているのではないかということ。 
今日の芝居で言うなら、俺の払った金は、そいつらの新たなクソ芝居を打つ資金源になる可能性が大だということだ。
だから、早急に責任をとるとするなら、その場で3000円の返却を主催側に要求し、奪い返してくる必要があったのかもしれない。 
まあ、同じサイドの人間として、それは出来ないというのはあるから、もう二度と見にいかないというところが関の山ではあるが。
(今後よくなりそうなポテンシャルを感じれば、また数年後見てみようかとも思うかもしれないが、それもなかったわ)

とにかく、文句の対象に、加担しておきながら、まずいことになったら文句を言っているということを、最低限文句を言うものは忘れてはならないと思うわけだね。
あとあと文句を言う可能性のあるものに対して、現在自分が認識出来てないとしても、それは自分で注意深く対象を見定めなかったという責任があるということ。 

ちょいととんで、最近はやりのクレーマーって奴らは、本当に自分の責任を度外視して相手に責任を負わせるスペシャリストだ。
それってある種の現代的な傾向なのかもと思ってみたりもする。 

(そしてそれは身体観にも反映しているかもしれない。 尻軽・・・)

まあ、そんなに責任を取ることを真面目に対応しすぎるのは、俺は性格上難しいので、責任を取らざる負えなくなったら、甘んじて引き受ける覚悟だけは常に持っておきたいね。 

あと、個人で引き受けることが出来る責任っていうのもそうとう鍛錬積んでないと、大した許容力なんてないから、バランスが大事だとはおもうよ。


しかし、クソ芝居だった。 まだ俺はそういうクソ芝居を見なきゃならないんだろうね。 俺の価値観が変わればまたそれも変わってくるかもしれないけど、まあクソはクソだよ。

そうそう、本人に聞いていないから分からないけど、そのクソ芝居の脚本、演出家は、自分のやった芝居がクソだって思っているのかどうなのかも重要なところで、俺の思うところ、クソだと思ってない感じがしたんだけど、そういうのが一番質が悪いわな。 



そんなこんなで、身体の話。 

どんなに悪いものが入っていようと、出せればいい。 
具体的なところでは食べ物。
食べ物にどんなに化学物質が入っていようと、農薬が入っていようと、頭が悪くなるものが入っていようとも、精子の数が減るものが入っていようとも、また放射能が身体に入ろうとも、出せればいいんだよ。

それが一番いい身体ということ。

でも、入れないのが得策に決まっているけど、それが難しい世の中で、やっぱり出せるようになる身体に成長させることも必要なんだと思う。 

そういう身体になるのが先か、それとも・・・だと思うよ。



と言うところで、今日のクソ芝居に関して、如何に出すかってことをこのブログを通してしてみたけど、まだ残留しとる感じがするわ。 

もっとちゃんと出せるようにするためにも、「言葉」を鍛錬しんとな~とも思う。








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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



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