人が最終的に欲しいこと






何でしょうか?







『感情』



だそうです。



最終的に今生であなたはどんな感情が欲しいですか?




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No title

喜怒哀楽 全てが欲しい?必要だと思う

生きていれば大なり小なり喜怒哀楽と言う感情は感じるもの

自分は何か一つでも欠けていたら今生というものは存在しないと思う



No title

当然 喜び

それだけでしょ

なにがあっても どう思っても

最終的にはそこを求める

人は何かを求めた時にまず喜ぶ。それを求める事ができる喜び。
そして壁にぶち当たり怒る。どうして手に入らないんだと怒る!
次には嘆き哀しむ。
手が届かない事への哀しみ。その哀しみはとてもとても深い…


そこまでくると楽になる。例え欲しいモノがこの手になくても。

そんな話を以前聞いた事があります。


なるほど。確かに。

って事はやっぱり最終的には「楽」。力が抜けてリラックスした状態が人の在るべき姿かなと。

「Let it be」
在るがままにですね。


ただ、そうなる為に喜び、怒り、哀しむ。
真剣にそうしてきた人だけが「楽」になり得るんじゃないかと。 「ひとり」と「楽」

僕はその二つの言葉に同じ匂いを感じます。

Re: タイトルなし

>ちょび髭さん  


敬愛する詩人のフレーズを思い出しました。

「手に入れたいものは

手に入らないということで 少しだけ嫌になって

手に入れてしまうと

手に入れてしまったということで 少しだけ嫌になる」 

そんな感じのことが書いてあったと思います。  (ちゃんと後で確認します)


人間って「おかしくて かなしい」 or 「かなしくて おかしい」 

どっちかまたこれも曖昧ですが、映画「ファーゴ」の日本のキャッチコピーです。 

 うまい!

皆さんコメントありがとうございます。

「感情」と言うと「喜怒哀楽」ですよね。


私はその四つの中からなら「喜」を選びますね。


では、「~感」ということなら、どうなるでしょうか? 


大分様子が変わってくるかと思います。


「~感」を感じた時に喜ぶのか?

喜怒哀楽、全てを味わいつくしたとき「~感」を感じるのか? 


そして最終的に「~感」を感じることを自分が望んでいるのか? 
プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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