自然の洗礼



昨日東京は台風並みの暴風雨でね。
ちょうど家に帰るときにかち合ったんだ。 しかも自転車で。
家を出る時に全然天気がいいもんだから、台風並みの天気になるなんて知らなくてね。
テレビも見ないし(見られないし)ラジオも聴かないから、さっぱり知らなかったわけだ。
それで、自転車で朝走っていたら、みんな傘を持っているわけで、何で?と思って携帯で天気予報を調べたら、
間違いなく雨降ると・・・その時思い出したんだよね、昨夜から洗濯物を干しっぱなしにしてて、家を出る前に、洗濯物を取り込むか否かの選択肢が頭によぎったんだ。 一度取り込もうと思ったんだけど、面倒くさいからってやめたんだよね。
あ~あれは「勘」が働いたんだって思ったよ。 
最近はあまりそういうことなかったけど、前にもそんなことがあってね、「勘」を無視したら、どえらい痛い目にあったんだよね。
まったく情けない話だね。 まあ、いい教訓でもあったわけだけど、やっぱり人間っていろいろ呟いてくれていて、そいつを注意深く拾ってあげるとスムーズに行くんだと思うんだ。 考え込んだ時は上手くは行かないけど、頭が漠となっていて、ふっと浮かんだことには乗ったほうが絶対にいいと思うよ。 そういうのって人間力が上がればどんどん増えてくると思うんだ。 意志っていうのは、主にそういうふっと浮かんだものを捉えて、乗るってところまでに使うのがいいと思う。
俺もまだまだ考え込んじゃって、その浮かんでくるものが見えなくなってしまうことが多々あるけどね。 
でも、それも突き抜けて考えれば、また白紙みたいになるから、そこまで考え尽くしてないってことでもあって、ある分野においては考え尽くさないと「直感」ってなかなか湧いてこなかったりするしね。
で、話をもどして暴風雨

で、暴風雨の中を自転車に跨って帰ったわけなんですわ。
もう暴風雨が始まった頃には憂鬱になっていたわけだ。
だって洗濯物はおじゃんだし、濡れて帰らねばならないわけだしね。

でも、ああだこううだそれについて考えたって無駄なわけで、腹をくくって暴風雨の中に飛び込んでいったわけだ。
ありがたいことに、その日着ていった上着はゴアテックスでね、いや~ゴアテックスはやっぱりいいな~と実感していたんだけど、まあそれはそれとして。

自然の洗礼・・・

なんだが大げさな気もするけど、暴風雨の中俺は楽しくなったわけだ。
そうなったのも、「迎入れ」をしたからなんだよね。
濡れるのが嫌だ、自転車で帰るのが嫌だ、何故電車にしなかったのか?何故朝に夕方からの雨の情報をチェックできなかったのか?・・・等々愚痴、文句、後悔ばかりを並べていてもなんにも解決することはないから、OK!OK!濡れて自転車で帰ろう!って全て受け入れ、「迎入れ」したら楽しくなったわけ。

そりゃ、途中ズボンはベタベタになってくるし、風は強くて自転車漕いでも進まないし、とかもあるけど、その都度「迎入れ」したら、清々しくなってきたわけなんだよね。 
「日々是好日」なんて思いつきながら、ワクワクして自転車かっ飛ばして無事帰宅。

洗濯物はもちろん全滅しとったけど、また洗えばいいや~なんて思えてね。

で、しみじみ思ったわけだ。 自然の洗礼はこんなにも清々しく受け入れられるのに、社会の洗礼は全然清々しく受け入れられないのは何故だろうって。
やっぱり自然は、あたり前のように、「ありのまま」で「嘘がない」んだよね。 
で、社会の洗礼は「意図的」で「嘘だらけ」なんだわな~。 

でも社会の洗礼も自然の洗礼のように「迎入れ」が出来るようになれば、ワクワクして清々しくいけるんだろうな~と思ってはいるけど。 なかなかその道は俺には遠そう(笑) 
だから、一番身近にある自然=身体に興味、好奇心がある俺には、その身体観に重きを置いたところで社会生活を送れるのが一番なわけだと自分に納得しつつ、勉強、研究していこ~!




あ~山に行きたい。

 


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No title

やっほう。ヤスくんに送ろうとしている本、送る前にもう一度読んでいて遅くなってる。ごめんね。

さて、この話。
この前「ミュータントメッセージ」の話したじゃない?
その中にね、まったくこの話と同じ事が書いてあるよ。

「不快な物を理解する代わりに排除しようとするなら人間は存在しえない。」

やっぱり、是非是非この本をもう一度読んでほしいな~、と思ってしまいます。
順番的には、自然史思想への招待(もしくは私のブログ) --> パパラギ --> ミュータントメッセージ。

って前もいったっけか。

今の私にとってはどんな自己啓発本やビジネス書、哲学的な書より、この本だな~。

ありがとう。


> 「不快な物を理解する代わりに排除しようとするなら人間は存在しえない。」

このことを近代社会に当てはめるなら、もう人間は存在しえてないね。
理解しようとしている人がまだいるから、もっているけど、限界だわな。

やっぱり崩壊は免れないものなのかもね。 
とても残念で悲しいこともたくさんあるけど、そうしないと俺らは「本当のこと」に気付けないのだろうね。

崩壊はきっと自然の流れなんだろうからね。

だから、もう崩壊の先に必要なことを考えて準備していかないといけないと思う今日このごろ。



No title

そんなこと、無いと思うよ。
自然はそんなに狭いものじゃないから。
今できることを、出来る範囲で真摯に取り組めば良いのだと思います。
大きなことをしなくても、本当に小さいことでもいいから。

もう駄目だ、なんて、思わないで。
実際、私たちはまだ生きてるしさ~。

もちろん、ちゃんと向き合わなかったら、
どんどん自分たちの首絞めるだけなんだろうね。
首が細くなっちゃうわ。

コンペ、踊れることに感謝して、来てくださる人に感謝して、幸せ感じて楽しんでね。
離島から、応援しております。
プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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