結果主義




「結果が全て」と言われたりもするが

結果など通過点にしか過ぎない。 

人間は生まれ生き死んでいく。それもマクロの世界で見れば、死さえも人間という生物の通過点であることは、人類史を見れば分かることであり事実である。

私たちはその人間という生命体の部分であり全てであり、過程でしかない。

人類の滅亡に立会いうことが出来れば、それは結果となりうるであろうが…

結果というものが重要とされるように呪われてきた私たちの社会構造は、今や危機に頻死ている。(そう私は捉えている)

「結果」というものが端的に証明されるのは数字であり、社会においては金銭となるだろう。
そもそもツールでしかなかった金銭が、結果のように見せかけられ、それを疑うことなく信仰し続けて、我々はどれくらい人類をして来たのだろうか?

過程でしかないのだよ! 僕らは。

数字というものが客観的に共通認識できるものであるのがそもそもの誤りなのかもしれない。
もし数字がもっと感覚的であり、個人に委ねられるものだとしたら、世の中は変化せざるおえないと空想してみる。
高名な数学者からしてみれば、個々の数字が感覚に委ねられるようなものであるという方もいるかいないか知らないが、その辺は数学者に任せるとしよう。

重要なのは「過程」でしかないのだよ。

重要、重要じゃないの問題でもなく、私たちには「過程」しかないのだ。

枠組みの問題なのかもしれないが、個としてのみ存在できないのも周知のことであるので、枠組みは人類という枠組みが見えないようにされていること自体が、おかしな社外形態なのだ。


「過程」・・・七世代先のことを考えて・・・まっとうな人間ならそういう考えに至るのは必然かと思われる。


そのマクロ的な視野(全)と、ミクロ的な視野(個)を行き交いつつ、そこに生じる矛盾を迎え入れていくのが、人間が成長するために必要な重要項であると私は思うのである。


私が舞台表現という生ものに惹かれているのは、「過程」というものを端的に表現しうる媒体であると思っているからではないと思ったのだ。






コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード