登山




週末登山に行った。

2900mいかない位の山の頂上を目指して。

私にとっては初の本格的?登山となった。
(ちょいちょい山、森、沢、川は行ってはいたが…)

いつも思うのだが、よくもまあこんな道を作ったものだと関心させられる。
一番初めに登ったのは誰なんだろうか?山伏・行者系か?測量チーム系か? はたまた別の何物か?想像は広がる。

それから風景。
2200~2300mから生態系が変わるらしく、それは外来種が入って来てなければ、原始の頃よりほぼ変わらない姿を見せてくれているはずだ。
そんなことを考えていると、原始人、縄文人らが(はたまた山窩が)歩いたかもしれない道を私も歩いているのではないか? そして同じ風景を見ているとしたら…と私はタイムスリップした気分になり、自分の奥底に流れているいにしえの記憶が沸き上がる感覚を覚えたりもした。

高くなるにつれて、険しくなる山道は四肢を使い登った方が早く、疲れない。脚だけより、両手を使えば身体全体が使いやすくなり、ますます私の中の原始の記憶は身体より蘇る。

縦走コースを行っていたので、山道は断崖絶壁と隣り合わせな状態は度々あり、趣味レベルの登山者では行けないところは、梯子や鎖がついている。
原始人気取りの私は、その余りにも人為的な設備を避けはするが、致し方ない場合は利用せざるおえなかった。


如何せん天気は曇ったり雨が降ったり、煙ったりと、晴天ではなかったが、時折風が雲を分け、太陽の光りを私に届け、「美しい」としか形容できない眺望を拝ませてくれ、私はその度に自ずと太陽に感謝を捧げていた。

頂上付近はガレ場が増え、植物もほぼいなくなり岩肌が露出してくる。ハイキングや森の中では体験できないシチュエーションで、これが登山でしか味わえない感じなのだろうと思う。


山頂小屋には大勢の方がおり、中高年の方が多く、若者の姿はあまり見受けられなかった。
いったい森ガール達はどんな山に登っているのだろうか? (どうでもいいんだけど)


山頂小屋に一泊。
御来光を期待。
天気が気になってはいたが、登りの奇跡的な晴れ間を拝ませてくれる感覚からいって、きっと御来光も問題ないだろうと、楽観的には捉えていた。

4:45位だろうか? その前から徐々に空は赤、橙に染まっていき、雲は低く垂れこめている。
太陽が登ってくる。 

もう、私は「ひとり」だった。 御来光を見ていた他の人も、ほんの少しだけかもしれないが、確実に「ひとり」の感覚におちいっていたに違いない。 

小さい空で、日の出も見えない東京で暮らしていて、山頂で拝む御来光は地球がそうであったことを、奇跡の連続であったことを思い起こさせ、内なる身体に新しく太陽が登ってくるその動きを、まざまざと感じることが出来る。
その感覚は、海や平地で拝むそれとはまた違う感覚だ。 たかが2900mだが、全身を使い登ってきた経験と思いもあるかもしれないが、なんだか神の気配が色濃かった。 

そしてもっと神の気配を感じることが起こる。 

太陽がその姿を完全に出し切ったあと、寒かったため、御来光ポイントから山小屋へ戻ろうと移動したところ、山の稜線にあたっている大きな霧の濃密な塊が、巨大な綿菓子のように稜線を越え、徐々に反対側へと溢れ出している光景に心奪われ眺めていると、太陽が少し霧に覆われはじめたその時…


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(相方撮影)


太陽の周りに3重の虹が出た。 

その時は30秒間もなかったかもしれない。 私はその一瞬を逃すことなく拝めたのだ。 
それは私にとっては濃密に感じる神の気配であった。 
ただただ世界を静観し続けている神の存在。 
そのような形容でしか、私には表現できない光景だった。 



下山は、2000mを降りたところくらいから、雨に降られたが、木々生い茂る森の中での雨音は心地の良いものだった。 













しかし本当に山の天気の移ろいは早い。 
モヤがかかって、10メートル先が全く見えなくなったり、ピカンと晴れて街を見下ろせたりと刻一刻と風景が移ろい行くのだ。

自然の動きは身体に同調しやすいので、感覚躰を同調させるのに少し集注すれば、身体の中が動いているのがわかる。 

本当にいい稽古だ。 と感じ、自然にはかなわないとひしひし思う。 

御来光を見ているときも、綺麗ということばよりも美しいという言葉が周りから漏れていたのも印象的だった。 


「美しい」 この語感がこれから先も失われないように願う。 







 


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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



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