物語


ここ数年全くと言っていいほど、小説を読んでいない。
(例外として村上春樹氏の新作は読んだが)

本自体を読んでいないのではなく、小説を読んでいないということで、それは私にとってある意味物語を欲していないということだ。(映画は観るけど)


「物語」といって浮かぶ作家は私にとっては中上健次氏だ。
少し考えれば他の作家も出てくるが、私の思うところの「物語」は中上健次なのだ。
で、その「物語」とはと言い出すと長くなるので置いといて。(一つ言えば口語の文語化)


最近ふと物語を読まなくなったのは、体力が低下したからではないかと思ったわけだ。
それこそ20歳前後の時は、物語を欲し、何だかよく内容が分からないものにまで手を出し読んでみたりしていたし、多少哲学的なものにも手を出したり…今思うと、読書速度の遅い私がよくもまあついていけない内容の物語も時間をかけて詠んだものだと関心してしまう。
小説と向き合って、何かを必死に求めていたような気がする。

だが現在はより実質的と言うか、具体的なものを好んで読んでいる。
比喩や暗喩に隠されたものに、実を空想するよりも、具体、現実的なものから空想を広げるアプローチだ。
そんな中、また私の中で物語の中に埋没したい欲求が沸いて来ている。

その理由を聞かれれば(まあ聞かれることはまずないが)、正直この世界の現実として認識されうる現状に嫌気がさしているのは、大きな理由の一つだろう。
それは物語の中に入ることにより、現状から離れることと、離れたところから、現実に還元していくアプローチが今は欲しいのだ。
物語を介するからこそ、広がる空想、想像、ビジョン。

今の私は、現実、実質的な世界の断片を集め、その捉えた世界の中で何かを結び付けようとしているが、果して芸術家はそれだけでない何か見えなくなった世界を見詰め浮かび上がらせるのが一つの役割だと思っているからして、その不可視な世界に移行しやすくするために、物語を必要としていると思ってみたりしている。

はてさて、そんな欲求のなかで、どんな物語をチョイスするか? 
まだまだ私には文化人として読んでおいたほうがよい小説は山ほどある。 
そして家に、まだ手をつけていない小説もある。
その一つにドストエフスキーのカラマーゾフ…(こんな重要で常識的な作品もまだ手をつけていない怠惰な私)

じゃあカラマーゾフからはじめるか!と思ってはいるのだが、ん~長い(笑)困ったものだ。 

そんなふざけた私には何かジャブ的な小説からはじめたいところだが、何にするのやら。 


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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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