白いご飯

そんなに腹が減っている訳でもなかった。

考えていたのは、学芸大学の駅の周辺で外食したいということ。

たまたま目に付いたラーメン屋にはいった。


塩ラーメンランチセット。
餃子三つに、ライス。

塩ラーメンは美味しいが、僕には少し味が薄かった。

ラーメンを一通り食べ尽くし、そのスープに米を浸して食べる。


その時だった。


突然、白い米を食べていることが、とても有難く感じた。

無論今までに、飢えることもなく、たらふく食事をとることも不可能ではない今の自分に、その環境に感謝の念をささぐことは、僕の価値観としても道徳観としても、有り難さと感謝を思うことは幾度もあった。


しかし、今回の感覚は今までとは違って、観念的な要素は微塵もなく、突然感覚的に「有り難さ」が沸いて来たのだ。

その「有り難さ」は米の一粒一粒を感覚させ、その一粒一粒を噛み締めていることがありありと感覚できた。

今までに味わったことのない感覚で「有り難さ」以外に、感謝やら、喜び、幸せなどの言葉は出てこない

形容する言葉は「有り難さ」のみだった。


僕の中に新たな感覚が追加された。








しかし今思い起こすと、あの米がすこぶるいい米であって極上の味かというと、そうでもなかった気がする。

僕の中では今の所、熊本で食べた、ナゴシのお母さんが握ってくれたおむすびが最高である。

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私の実家は祖父母が健在の時まで代々受け継がれた土地でお米を作っていました。

所謂農家というものです。

その為か出されたごはんを残すなという躾に関してはとても厳しく教えられました。
お米のひと粒ひと粒には七人の神様が宿っていると教えられました。


おにぎりは日本人のソウルフードだと思います。おにぎりが美味しいのは食べてくれる人に込めて握る人の愛情が一緒に握られているからだと思います。


私も亡くなった祖母が作ってくれた三角に握れない歪な塩おむすびが大好きでした。


日本の文化は本当に美しいですね。


りりこさんcomment有り難うございます。

俺も最近自分でお握りをよく握ります。
しかし、握り方がダメなのもありますが、自分で握ったお握りは美味しくないです(笑)

「手間暇をかける」

その過程に多くの人の想いが積み重なって、素敵なものになっていく。

かつての日本文化の素敵なところの一つだと思います。

一つのものを作るために、多くの職人が関わっていたようです。大量生産とはま逆です。


「職人」がまた一杯増えるような社会になったら、いいな~なんて思います。


プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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