一読頂ければと。




6/11付けの朝日新聞に載っていたという、哲学者・鷲田清一(わしだ きよかず)さんの文章。
blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/c2fb3409e582aefc67b7e5daaba49458



センシティブな部分で言えば、3・11以降とくに大きな被害を受けたわけでもない私だが、にも関わらず何か今までとは確実に変化を必要とし、以前の考えが素直に表出せず、自分でも分からない重たく湿ったような厚い層に阻まれているように感じていた。 

以前に思いつき、構想していた幾つかのネタも、3・11以降の舞台という空間において動かすには相応しくないような気がしてならず、かといってその理由がハッキリと私の中で明確になってきているわけではなかった。 

とにかく、根底的な何かから、考え感受性の出所を新たに見定め立脚し、そこから空を仰ぎ、前を見据えてみない事には、踏ん張りどころのない足場に、ずぶずぶと足をとられ、沈んでいくしかないのだ。

立つにはやはり、大地が必要なのだ。 

しかしそれさえも変換せざるおえない定義なのかもしれない。 そんなところからも私の中でハッキリとした感覚を失い、もうもうと圧し降る湿気に息苦しく身体は重い。 

新たなパラダイムが見つかっていないにもかかわらず、パラダイムシフトはおこり、無論以前のパラダイムに戻ることは出来ず、強制的に新たなパラダイムを見付けなければならないような、そんな状況かもしれない。 


そんな中、冒頭で紹介させていただいた、鷲田清一さんの記事は、私の中でもやもやもんもんとしていた、重く湿ったような厚い壁の正体が何なのかを認識する大きなヒントとなったのである。

おこがましいが、何となく自分の中で感じていたことを、言語化し視覚化していただいたような気分だ。 

私がツイッターや、各情報機関、メディアで新たな情報を追いつつも、私の中にいつもあった違和感をなくし、私のニーズに答えてくれたこの記事は、是非とも一読してみて欲しいと思い、この度紹介させていただきました。 

これもまた時間とともに変化していくかもしれませんが、私の中では一つのハッキリとしたポイントとして存在する記事であることに間違いはないと思っております。 


隔たり」 


そこからまた糸を紡ぐように探って生きたいと思う。









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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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