「生きているということ」






「生きているということ」


と来ると私は、敬愛する詩人の詩を思い出してしまう。 



「生きているということ

いま生きているということ・・・」 と始まる「生きる」というタイトルの詩。



いやいや今回はそれをご紹介するのではなく。 これまた私の生の師匠(今更ながら無論無許可で私が定めているだけ)の言葉をご紹介したい。 






 より良くなる。 たとえ、這ってでも良い。 



もう一歩より良くなることは、人間の世の中をより良くする。



それが生きているということだ。 






しかし生の師匠はこうも言っていた。 「よいもわるいもないんだよ」 


これが「善い悪いもないんだよ」だったとしたら、「良い」とは違うわけだ。 


と言っても、何が良いか良くないかなんて分かりゃしない。 でもそれは本当にそうだろうか? 


世間様のモノサシを取っ払ってみれば、自ずと内なる自分は、「良い」を知っているのではないだろうか?


私の言い様ならば、「身体」は知っているのだ。 「より良く」を。 


そしてバカ正直な私は、「より良くなることは、人間の世の中をより良くする」と信じている。


なぜなら、そう要求している身体を感じるから。 



そして師匠がいう、「人間の唯一の才能といってもいい感応」を信じているし、それはあるから。



ただそれだけの話。


















ちょいと+ 




鍛錬とは苦しさを苦しくなく経過できるようになること

苦しさに耐えていることは鍛錬にあらず




とも生の師匠は言う。 



「より良く」は、「より楽」になることとは違う。 



特に先進国の人々はいつしかこれを履き違えて随分と歩んできてしまったと思う。



苦しみを取り除き、楽を獲得することに躍起になってきたのでは?



苦しみを苦しみとして、苦しくなく経過していくことで知恵は降り、技が、術が生まれ「より良く」を実践できてきたのでは? 



はて、私達がもし「より良く」を要求するのなら、苦しみから逃げ「楽」に走るのではなく、苦しみを迎い入れる覚悟はあるのだろうか? 迎い入れれるだけの身体はあるのだろうか?
















被災地のことを思い浮かべながら、また宮大工達の砥ぎを想像しながら、自らに問うております。






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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



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