『かん』




法隆寺最後の棟梁、西岡常一氏は言った。


「煎じて煎じて、煎じて煎じて、行き着くとこはかん」だと。


それについて、唯一の内弟子、小川三夫氏は、氏の仲間、弟子に問う。 

『かん』というのは、感覚の『感』やろ。
『かん』というのは、どういうふうにして育つと思う? 『かん』というのはどういうもんだと思う? 


その問いに、「経験」と答える者がおり、また勝負の「勘」というのもあるという話になる。 


その中で小川氏は言う。 

「経験を超えるものがあるんだよ。経験を積むだけで『かん』が生まれるって言ったら、これは嘘だ。
そうじゃないよ。それを超えているもの。
経験を積んで、体験を積んでいったら『勘』は働くようになる。しかしそれは『感』じゃないわな。
しかし、西岡は煎じ詰めたら『かん』だっていうんだもんな。それをどうしたら養えるか。
『かんを養う』とはどういうことや。・・・」

そして『かんを養う』ことについて話は進んでいく。 

その中で、『かん』とは、「人間が生まれながらに持っているものなんじゃないか」と言う。

そして、順序としてはまず「研ぎ」と言う。 


西岡氏から伝えられ、小川氏に継承されたもっとも重要なものの中で、「研ぎ」がある。 
宮大工の道具、鉋や鑿(ノミ)の刃を研ぐことだ。
これは、あるレベルに行くまでに、何年もかけるし、その先も一生かけるくらいのもの。
小川氏の「鵤工舎」に入りたての宮大工は、とにかく研ぎからはじまる。
小川氏や先輩が出した、光が透けて美しい鉋屑が出せるようになるまで、手取り足取り教えてもらうことなく、自ら工夫して、無念無想で研ぎ続けるわけだ。 

そして宮大工の魂はその道具の刃先に宿るという。

だからまず研ぎだと言う。

つぎに現場の難しい仕事を納めるなんていうのは微々たるもので、その気になれば出来るようになる。
しかし、そこから先の線の綺麗さ、空間がいいとかいうのが「感覚」になり、これは教えることが出来ないという。
それは、その人間の持っているもので、その人自身が現場で掴むしかなく、自分の中に埋もれているものを、探して磨くしかないんだ。それは本人にもどこに隠れているかわからないから、やるしかない。

と言う。





僭越ながら私はこう思う。 

「研ぎ」というのはまず、社会で生活してきた中で付けて来た癖、それを取ることが必要とされるのだが、「研ぎ」とは正に、その癖を研ぎ、削り捨てることとリンクするのだと思う。

そうすることで生来のその人の個性と言うか、傾向が出てくる。

簡単に言えば、その人の「素直」だ。

近年個性を大切にとかいうものがはびこって様々な問題も上げられるが、個性と言うのは、そうそう簡単に出せるものではなく、ここでの「研ぎ」のレベルのようなことをやり続けて初めて出てくるものであって、ただの癖を個性と勘違いしているのではないだろうか?と思う。 

「宮大工の魂はその道具の刃先に宿る」

この言葉がそれを証明してくれているのではないだろうか。
「魂」というのは、その人の何年、何十年とかいう人間の垢が取れたときに露になってくるものだと思うし、「素直」になった時に、その人の「魂」が観えて来たりする。

そしてこれが基盤となった時に、はじめて埋もれている『かん』を探し、見つけることが出来れば、磨くことが出来るようになる。 

生来人間が持ちうる『かん』とは、こういうものであり、経験値や体験値ではなく、それを超えたところにあるものなんだろうと。 

それを魂の発露、魂の発光と言っても過言ではないだろう。 


 












しかしながら、今の日本の生活の中にその「研ぎ」に値するようなものがどれほど残っているのだろうか? 

宮大工の世界でさえも「鵤工舎」以外のところは、多くを機械に頼り、職人の技がなくなって久しくない。

時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、無くしたものはあまりに大きいと思う。 

「研ぎ」とは正に、文化そのもの。 

私達は文化を失った民。 文化を失った国を国と呼べるのだろうか? その国って何だろう? 

今回の東日本大震災の国の対応にも、そんな国のあり方が大きく反映していると思う。







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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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