情熱大陸



「情熱大陸」は私が時間がある時は、必ず見る番組の一つだ。 


今回は、柳谷晃(数学教諭)さん。 


とても面白い人だった。 


なんでも数式に当て嵌めて考えてしまう人だ。


印象にのこっているのは、「難しいものは、難しいんだよ。 難しいものを理解するには、まずそれが難しいということを受け入れる必要がある」 

現代の日本は、なんでも分かりやすいものが良いという風潮であるのを、ズバッと切った言葉だ。 

まったく芸術もそうである。 頭ばかりを使う、鈍った感受性の者たちによる、コンセプトで賛否を問い、感じることよりも、頭で理解されるようなものを良しとする風潮が支流になっている。 
まあ、芸術の文脈がそういう経路をたどって、現在の資本主義によりそっていくには、致し方ない部分はあるのだが、私にはとても由々しき問題である。

本当によいものを感受するには、やはりそれなりの経験と感性が必要だ。

「本当によいものは、小数の人のためにある」

この言葉が思い起こされる。
やはりそれが現実なのだろうか?…




それから、柳谷晃さんへ情熱大陸の番組側から、取材が終わるまでの宿題として 「混迷の日本を救う数式を考えてください」というものを投げかけたときに、柳谷さんがぽろっと言った。

「この救いようのない国に、考えても仕方がないが・・・」そんな様なことを言ったのだ。 



私が以前からアンテナを張っている作家のツイッターでこんなことが書かれていた。

「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」


私は柳谷さんがそうボソッと言ったとき、このつぶやきをすぐに思い出した。



私には、この二人のこの国に対する見方は正直分かりかねるし、国の将来においてのデーターや知識も全然ないので、何とも正確なことはいえないが、ともかく私はこの二人が言ったことに共感しているのである。


「救いようのない国」
「希望だけがない国」


私がフィールドとしている表現の世界も、上と同じことが言える。

救いようがなく、希望がないのだ。


だがこれは「国」の話である。


私の考え、見通しがまだ甘いのかもしれないが、この国の国民でありながらも、個人として希望を持つことは出来ると思っている。


国家という枠組みを越えれば、日本人としても、この島国に生まれ育った者としても、可能性は多いにある。


ただ「国」「国家」としては希望がないと言うことだ。

エスケープの仕方…










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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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