痛い…


(ご無沙汰blog!)




『痛い』という感覚は、本当に有り難いと思う。

もしこれがなかったら、僕等は生きて行けるのだろうか?


何かのテレビで、痛みを感じることが出来ないという人がいたが、生命を維持するのに大変な苦労が必要だと思う。





痛みから学ぶことは多い。
身体の痛みは無論、心の痛みもしかりだ。


次のステップへの道標となることも多いし、常日頃の生活を振り返り反省するきっかけとなる。



私からすると『痛み』は必然だ。

それは身体の欲求、人生の欲求またはシグナルと言ってもいいかもしれない。


そしてその『痛み』はその人の実力に見合ったものが訪れる。

決してその人が対処しきれない『痛み』はやって来ない。


なぜなら必然だからだ。



そのように『痛み』を捉えると、随分と価値観も変わって来るのではなかろうか?


自分の成長のために、次のステップに行くために、よりよい身体に成るために『痛み』を感じるこがキッカケとなる。





だが、決してそれは、単純に良いことであると捉えるることとは違う。


大きな代償の上に成り立っていることであることは忘れてはならない。


基本的に『痛み』は痛い訳だから、人は痛みを嫌がるように出来ている。
それは、危険だと言うこと。

命に対して危ないと言うことで、生に対して、身体に対して『嗜み』を欠いているというこだ。





理想としては、楽々悠々溌剌と生きていくのがベストだ。


だが、如何せんそんなに僕等は優秀ではない。

だから失敗もするし、痛い思いもする。


まあ、単純に痛いから、嫌だからではなくに、そこには多くのチャンスがあり、ヒントが散りばめられているという、よく言われることとなんら変わりはないのだが、少しだけリアルな『痛み』も同様であると言いたかっただけでした。(笑)






しかし痛いのは痛いね(笑)








因みに『痛み』を感じているということは、怪我、傷を経過し始めているということです。

例えば、交通事故などにあって、ぶっ飛んだりしたにも関わらず、何ともなく、特に痛みも感じず、外傷もないのは、危ないです。


痛みを感じはじめたら、好転反応とみていいでしょう。




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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



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