不完全なるもの





例えば、言葉は不自由だ。

伝えたいことがあっても、言葉が見つからない時もあるし、伝えたいことを言葉にした瞬間に違うものになってしまったりもする。


とても不自由で、不確実だ。


だがその言葉が助けてくれる時もある。

素晴らしく自らの思い、感覚にマッチしたり、その言葉によって自分が支えられたり、その言葉が在るからこそ、新たな気付きが訪れたり、不確実だからこそ、その言葉が多面で多層な意味を与えてくれたりする。



不確実で不完全だからこそ世界は広がりを持ち、豊かさを得られるのではないだろうか?



なのに人は不確実で不完全なものを嫌う。
確証、確定、立証、辻褄、根拠、原因…等々

特に頭に科学が付けばみんな信じる。


しかし現代科学なんて人類史からみれば、ほんのちょっと、ほんのちょっぴり(ピリリ位だ)の間に台頭してきただけなのに、みんな科学の信仰者だ。

自分で感じたことがなくても、分からなくても、確かめたことがなくても、みんな信じる。


不思議なものだ。


医療で言えば、次から次へと科学的常識は変化していっているのにも関わらずだ。


何故だろうか?


人間が信ずるに値する価値基準を、もっと他ジャンルにも設定していいと思う。


もっと複合的に価値基準があり、どれか一つではなく、幾つか抱えて自分の方向性を決めて行けば、もっと世の中面白くなるのにな~と思う。



何だかわけが分からない感じになってしまったが、今更ながら、私は不確実で不完全なもの、もっと限定して言えば、非現代科学的なものが好物だということである。









何でこんなことを書きはじめたのか忘れてしまった。


う~ん。


何日か前にメモしておいたものの、帰結の仕方が多分これでは無いことは分かるんだが…



あ~人は日々変化していくものだ、とでもしておこう~。





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やす 字が小さい!

コメント有難うございます。

はは~! それはね~、拡大して見ればよいと思うぞ~(笑) 

というか、俺も設定の変更の仕方が分かりませぬ。 すいません・・・



プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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