芸術とは





「芸術とは何ぞや宗教なり


宗教とは何ぞや真実なり


真実とは何ぞや愛なり


愛とは何ぞや芸術なり」






藤井達吉



この言葉に出会ったのは、何年前だろうか?


もう五年くらいは経つと思う。


岐阜の郡上に用があり、小原に連れの田舎があるとのことで、連れと共に泊めさせてもらった。

結構な田舎だ。

巻で焚く風呂があって、入らせてもらった。

初体験だった。


その小原に和紙工房があり、それを建てたのが工芸家である藤井達吉だ。

隣接された美術館に氏の作品と言葉があったわけだ。


この言葉に出会った時は、あまり共鳴することなく、「まあまあそうだよね~」くらいだったが、メモした記憶があるから、気に入ったことは確かだ。



それから数年経ち、去年辺りからこの言葉を何度か思い起こすことがあり、最近は藤井氏の言わんとしたことが、私の中にだいぶ落ちて来た。


芸術=宗教=真実=愛=芸術。


今は芸術から宗教から真実迄は非常に共鳴し始めている。


これには付帯条件が付く。
宗教はかつての…もしくは宗教と呼ばれる前の…もしくは本来の…が付く必要があり、そこには真実がある、もしくは真実へと続く足掛かりがあると言うことだ。


それと芸術がイコールということだ。


イコールとまでは行かないにしても、そのポテンシャルがあるということだ。


に対して私は同意している。

まあ何とも大それた言い様だし、目指せリトルキリスト、リトル釈尊と言っているようなものだとも言える。


しかし芸術なんてものは生死がかかっている切実な状況から脱して発生発達するもので、あってもなくてもいいものであるということは、リアルなところであろう。


そんな芸術に、そのポテンシャルがあると藤井氏は言い、私も賛同している。

ある意味困ったちゃんとも言えるわけだ(笑)

まあ、そこを面白がって頂ければ幸いだ。




しかし、愛というやつはどうもまだ私の中に落ちてはこない。

愛情とかなら分かるのだが…


そんなこんなで今の所、安直なヒューマニズムで頻繁に使われる「愛」には賛同できかねる我輩でした。







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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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