新しい価値基準の考察







要はお金に代わるもの。



と言うと、そのお金自体のシステムからは抜け出せないので、結局お金が一番良いということになるが、まずお金について少し考えてみる。


かなりすっ飛ばすが、お金はある種のエネルギーと言ってもいいと思う。

(高名な学者さん達からは突っ込まれるかもしれないが)


資本論的には(と言っても全然把握してない私だが、それらしく使ってみる)、使用価値、労働価値、交換価値と三つの価値が出て来るが、価値を決めるにあたっての基本は労働時間とのこと。(?とする)

であるからして、どれだけのエネルギーが消費されたかが価値の基準と言い換えられるだろう。

それを数値化(労働時間であるから、時間、仕事量によって数値化が可能)したものがお金という具体的な数になり、貨幣となるわけだ。


故にお金は数値化されたエネルギーなわけであるからして、お金自体が動き回り、商品が関与しなくても、お金を増やすマネーゲームが可能になるということだ。(仕組みはよう分からんが)


で人間のエネルギー交換に関して考えてみると、基本的に皆さん、交換とは言ったものの、実際はエネルギーの奪い合いの世界が主流だ。


労働力に還元されないエネルギーはお金を介さず、目に見えない関係性の中で奪い合いは行われており、その一部は利潤としてお金に化けていたりするわだ。たぶんね。


その人間のエネルギーの奪い合いは、ミクロの世界では、対個人、マクロの世界では国家間というようなことになるわけで、それはお金の動きにも呼応してくるわけだ。 


で、もう21世紀なわけだから、次のステップへ行こうと考えた時、エネルギーの奪い合いではなく、エネルギーの響きあいへ移行していってもいいのではないかと思うわけだ。


最近、「共振運動」という現象を耳にする。 


有名なのが、ワイングラスをある周波数の音で響かせると割れるというやつである。 


各物質には、その物質が動く振動数というのがあり、それを与えると動き出すというわけだ。 


そして、その共振運動に似たものが勿論人間にもあるわけだ。 


それを人間間において、「感応」と呼ぶことにする。 


その「感応」それ自体が新たな価値基準となったらどうだろうか? 


それは、資本論における、使用価値、労働価値、交換価値と三つの価値には入っておらず、数値化もできないものだ。


その「感応」を新しい価値基準として定めてみる…


そんなことを考えてはいるが、上手いこと像は結べない、青写真だ。

いやはやまだまだ道は遠そうだ。






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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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