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ボケ







俳優仲間が正月早々に急激に体調を崩し、自ら救急車を呼んで入院した。

骨髄に血が混じっていたらしく、くも膜下出血の疑いがあるため、未だ入院して安静状態を保ち検査を繰り返しているようだ。


先日見舞いに行き様子をみて来たが、元気そうで今回は大丈夫であろうと感じた。
奴はまだ死なない。


しかしまだ三十代前半の若さで、詳細を聞くまでは脳溢血?も想像していたので、何たる事かと思っていたのだが、元気な様子を見て安心した。

彼に原因になりうるようなことに心当たりはないかと聞くと、二月ほど前に酔払って頭を打ったと言う。

彼自身はその記憶がなかったのだが、飲みの席に同席していたこれまた私の俳優仲間が思い出し、彼に告げたようだ。


頭の何処を打ったのか詳細は聞かなかったのだが、後頭部であるかと思う。


後頭部はとても危険で、打所が悪ければ、予告もなく膜下出血などで死に至る。
また尾骨も頭に繋がっているので、しりもちをついても打所が悪ければイッてしまう。 (尾骨を打たなければ問題はない)

頭の打撲の場合、一番いいのは切れること、次にたんこぶ、そして危険なのが何の症状も出てこないのが一番危ない。

衝撃を抜く、または出す反応が無いと、その衝撃は徐々に浸透して死を招く。

今回の場合、彼は多少のたんこぶが出来たと言っていたが、結構な痛さだと言っていたので、衝撃が抜け切れずにいたのではないかと推測する。


特に打撲は、何時その衝撃の症状がいかなる形で出て来るか分からないので、特に頭の場合は気を付けたほうがいい。

何十年越しに出て来たりする。

それから、衝撃としては、速くて小さいのが急所に当たると危険だ。



で、「ぼけ」。


身近な同年代が、下手をすれば死の一歩手前に居た現実。
また、一昨年急死した者のことも思い出し、普段は遠い死が、ふっとまた私の近くに顔を覗かせた。


最近もよく考えるのだが、日常に於て死が遠くなるということは、相反する生も曖昧になり、ぬるっとぼやけた生は、また死をぼやかし…といった悪循環を生み出していると。


「平和ぼけ」とはよく聞くが、やはり平和は戦争の対比であるため、戦争が身近にないと中々、解消されないボケである気がするが、何と言えば良いのだろう? 死ボケ? というやつは、解消された方がよいし、それは戦争という愚かなものが無くても、解消出来るものだと思う。


「死ぼけ」


私は思う。
それが解消されれば、今迄に忘れてしまった、感じられなくなってしまった生が
「普通の上等」(沖縄で使われる言葉だそうだ)
「普通の究極」
「底辺であり頂点」
である「生」として、より見え、感じられて来るのではないかと。



いつどうなるか分からない。いつ死ぬやも分からない。
そんな中で生きている日々。

僕らは何気なく生と死の狭間の綱渡りをしているのではないだろうか?


多くのものに支えられながら。





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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら


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