ふと思う


 最近よく「幸せになるための法則」「幸せになるための~なんちゃら」系の本やなんやらが多く出回っているような気がする。

しかし、「幸せ」とはいったいなんだろうか? 

人は多くの呪(既成概念等)に縛られている。 問題として挙げられるのは、陰の負の側の呪をとること、外すことが重要だと言われている。 無論僕もそうだと思うが・・・

もしかすると、この「幸せ」という陽の正の側の言葉も呪の一つとなりえるのではないかと思った。


「生きている限り幸せに誰しもなれる」「幸せになるために生まれてきた」等等


はたして「幸せ」とは【なる】ものなのだろうか? 

「幸せになる」というイメージが僕にとってはむしろ呪となっているようなきがしましてね。

それで、ふと思ったことは「幸せになる必要なんてないんじゃないのか?」ということです。

「幸せ」を結果として求めること自体、何かズレているような気がするんです。


個人的に僕は、ここ近年幸せになりたいとか、幸せになるんだということを考えていません。

僕が考えていることは、「生ききるには、どうすればいいか?」 
その為に「自分が本当にやることは何か? 本当にやりたいことは何か?」 ということばかり考えてます。
そこには「幸せ」という言葉は入ってこない。

だから、「今幸せ?」と聞かれたら、正直「ん~」となるんです。
経済的には安定してないし、様々なものに縛られているし、将来の見通しなんてさっぱり 

でもですね、ふと今の自分の置かれている状況を見回したとき僕は「幸せ」だと感じます。

いわゆる「幸せ」という状況からは程遠いが
僕は「幸せ」な男だと感じている。


「幸せ」ってなるんじゃなくて、感じるもので、とってもとっても有難いオマケみたいなもんで、 
オマケだけ上手いこと手に入れようとしても、オマケだからビックリマンのチョコ菓子がやっぱりないとビックリマンじゃないんですよ。 (ちょっと話がそれていくので・・・)


ながながと書きましたが、 ふと思ったことは


「幸せになる」必要なんてないんじゃないかってことです。








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幸せとは

幸せとは 今生きているそのことをいう。
そういう 考え方を(思い方)知って、
自分の意思で この世に生まれ この人生を選んでいることも知ってからは
ちょっと 幸せの価値観が変わり始めた。
《いきがいの創造》という本だから
ヤスが読んでどう思うのか
教えて
因みに amazonで中古が100円でうっとったぞ
たしか いきがいの創造 Ⅱ だったとおもう

有り難う 名古屋の大将


「生きがいの創造」は姉ちゃんも持ってたし、(正月にオカンの家にあった)ユウの家にもあったのを記憶してる。

少し読んだよ。
全て自分が選択した人生…最近も同じ様な話を聞いたよ。

『本当は、生きるには覚悟が必要なのよ』
俺の師匠の言葉が今思い出されたよ。


ちゃんと読んでみるわ。
しかしスリーまで出とるし外伝みたいのも出とるがや~(笑)

早速アマゾンで注文したわ。


ありがと


プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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