東京タワー





ヒルズ南東クリスマスイルミネーションからの東京タワーだ。(ぼやけやって分かりづらいが・・・)


週末もあってか、この写真と同じ風景を撮影する人々に溢れていた。



私は六本木でやる芝居の開始時間よりもかなり早く着いてしまったため、開場までの時間つぶしにぷらっとぷらぷらぷらつきながら便乗して写真をとった。

最近読んだ本のことを考えながら



その本にはこんなことが語られている。



東京タワーの建てられている場所は地質学と考古学の成果からみると、縄文時代、地球が今よりも暖かく海面は上昇し現在の都心部がフィヨルド状の地形をしていた頃の海原に突き出した大きな半島に建てられているとのことで、その辺りのことを縄文人たちは「サッ」と呼び、 

(「サッ」という音はものごとの境界を表す古代語として、大切な言葉であり、それが「ミサキ」やら「サカイ」などの日本語のルーツとしても考えられる)

重要な聖地として扱い、そこは人間が自らの能力を越える領域であり、それはまた死の領域との境として考えられ、死者の埋葬に関わる重要な聖地であった。

故に東京タワー周辺には古墳やら、墓地や、寺、神社が多数ある。


そしてアンテナである東京タワーがそんな死の領域、死の王国に差し込まれ天に向かっているのは、死のセンサーとして、既知と未知をつなぐ橋とての機能を求めていた、またはその様に感覚していたのではないかと。

タナトス(死の衝動)の塔としての東京タワー…



それは日本人の心の深層、受け継がれた感覚の所以であるのだろうと。



かなりかいつまんだが、そのようなことを中沢新一氏が言っている。

私にはその見解が面白く興味深くて仕方がないし、ある種の希望でもある。


なぜ希望なのか?


それは私が探って行きたい感覚の深淵と深く関わりリンクしているからだ。


「日本人」の深淵の感覚。

その日本人というは無論国家に属す国民のことではなく、この極東の島国に脈々と受け継がれ繋いで来た生命の記憶、感覚を持っている民のことだ。


私は以前その感覚が今はすっかり失われ無くなってしまっているかと思っていたが、潜在意識には脈々と受け継がれており、ただ奥深くにしまわれているだけに過ぎないと今は信じてやまないし、中沢氏のこの成果も私のそれを裏付けるものであると私は感じているのだ。


だが確実にその受け継がれし感覚は、現在においてはより急速に深く深く沈み込み、意識をつつく浮上のベクトルを失って行っているように私は感じている。


そしてその流れは、人間が弱くなり、機械的になり、能力が低下し、傲慢になり、生命力が損なわれ、生の感覚から遠のくことに繋がると私は感じているのである。











引用させて頂いた中沢新一氏の本のタイトルは「アースダイビング」というのだが、私もこの地球にダイブし、また観念やら思想やら現実やらに覆い尽くされた意識のフィールドにぽっかりと空いている潜在意識の穴ぼこを見つけ深くダイブし、火山が噴火するように、噴火口を見つけて、どろどろの形作られる前の感覚を表出していこうと強く思うのであった。








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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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