こころ



(思い付きなのは毎度の事ですが)




はたして「心」というものそれ自体は成長するものなのだろうか?


実は心それ自体は全く生涯変わらずに、発露の仕方、納め方、感受性等が変化しているだけではないかと。
(それを心の成長と捉えても勿論いいのだが)




ゆえに、ギリシャ神話の物語から昨今の物語まで、時代背景や文明、文化形態、人種等違っても、共感出来るものが必ずあるのではないのだろうか?


どんなに科学技術が発達し、地球をも破壊出来る爆弾が作れようとも、奥さんや恋人に小言を言われれば、しょんぼりし、怒りもする。
その男女関係は未だに根底的な部分ではなんら変化してないし、人間関係も同様だ。


心が狭いやら広いやらも、元々の心は変わらずに、その人の感受性の問題で、狭く切り取るか、広く開放しているかの様な話ではなかろうか?


鈍らすも、感度を良くするも自身の人間力次第。

そして人間力というのは、年齢に関係なく死するその時まで成長するもの。


心は何時でも皆、少女であり少年である。
(精神が少年、少女では無論困るが…)


故にオバ様方の韓流ブームも素晴らしいことだ。
幾つになっても、ワクワク、ドキドキ心踊らせている。





私の俳優の師が言っていたのを思い出す。

その役がどんなに苦しかろうと、悲しかろうと、俳優は基本的にワクワク、ドキドキ感をベースに置いておくこと。



でもこれは、俳優の演技に収まらず、人生に於いても同様に言えるのではないか?


なかなか実践するのは難しいとは思うが、基本原理として、人が生きている限り、その生はある種のワクワク、ドキドキ感を有して動いているのだ。



そしてその動きは、現状の生きているという奇跡的な出来事の連続に、有り難さを感じられるようになれば、具体的に動きもみえてくると思うのです。


それがみえてくれば、より一層、ワクワク、ドキドキしながら日々を過ごせる…



まあ、そうは言ってもですがね…(笑)










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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



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