突風


どこかで花火大会がもようされていた。


空が遠い雷みたいに光り、月が反対側でぼんやりと輝いていた。


汗でぐしょぐしょのまろやかな悪臭をたたえた洗濯物が洗い終わる。


そのころ花火は終わったのだろう。 静かな月の明かりだけが、夜空を染めていた。



干しっぱなしの洗濯物と洗い立ての洗濯物を交換する。 



昨日と今日を脱皮する自分を片付ける第三者かのように。



バルコニーに出て、抜け殻をしまおうとしたその時だった




突然 風が吹いた  


 



ここ数日の猛暑の中で、初めてではないだろうか? 


冷たい風だった。



私は予感した。



音楽を消し、換気扇を消し、部屋の中に満ちていた音を空にし、内と外の音をなじませる。 


風を全身で感じようと試みる 


認識を遠ざけて、感覚体に集注する。 


一発目の風


それは私にとっては、気圧の変化や、気象の変動から生まれるただの風ではなく、何かの「予感」を孕んでいたのだ。






幾分か風が吹き続け、にわか雨という常識の判断の波が打ち寄せ始めると、私の波打ち際に書かれた「予感」は徐々に削り取られていった。



しかし、記憶された私の「予感」は砂に浸み込む水のように身体の奥深くを潤していった。 





「予感」



それに答えは無い。   もしあるとするなら、10年後かもしれないし、100年後かもしれない、来世かもしれないし、明日かもしれない。いつか分からない。


しかし、それは私にとって答えを求めるようなものではなかった。



そんな「予感」 



畏怖を感じながらもワクワクする。 


う~ん 生きてるって感じ。







 






「乗る」 「間に合う」 



そうそうこんな感じ。 ちょっとした充実感。 


でもこういう感覚って意図的に出来ないのね~。


そこが難しくって、面白い。 








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いいね~(^_^)

その感覚 何か分かる気がする。


そうそう、俺の場合…


何かが起こる前って、騒音の中に静寂さを感じるかな
それと同時に 水が高いとこから盆地に集まるような感じもする。
ただ 悪い事の場合は何かが渦巻く感じを受けるよ (^_^;)


…と言うのも


今 住んでるとこが大通りに近くて、よく事故が起こる場所なのさ。

自宅にいるとき「予感」がしたら、しばらくすると大体 衝突音が聞こえるf^_^;

ただね~

まれにだけど、人が死ぬときは 地響きみたいな低い音が聞こえるよ~。


これ…


よく事故が起こる交差点に、変なのがいるんだと思うさ~


逆に良い事が起こる場合は、辺りが少しだけ明るくなる感じがするよ。
その時はフルートみたいな音が聞こえるかな(笑)

まぁ 俺の感覚だから好きに解釈してね

(≧∇≦)

ショーゲンさんcomment有り難う


いい時の「明るくなる」って感じ分かるわ。
(聖なる予言かっ!て感じだけど 笑)



実際視覚的に明るくなったりはしたことないけど、感覚的に表現するなら、明るくなるって言うのは適切だな~っておもう。


しかし、その交差点は困ったものだね~。

それから人が亡くなる時の地響は興味深い。



とにもかくにも、明るい方へ向かって参りましょう!




プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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