言葉との戯れ






「鏡」 





かがみ → 「が」を抜くと          「我」





かみ  





「紙」 いやいやそれもありだけど  








「神」 






 





そんな、言葉との戯れを思い起こさせる話を聞きました。 






よく言われますよね~。 他人は自分の鏡だって。 







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自分の顔はどうだった?

それは興味深い話しだ…


そんで どうだった?


自分の表情は 幸せな顔をしていたかい?


満足そうだったかい?


それとも 膨れっ面してたかい?



どっちにしても 己だ…


仮面を被ってでも人の為に何かが出来るなら素晴らしい。


せめて 何があろうとも 微笑んでいたいなぁ(笑)

No title

八百万の神々の思想って俺大好きで、

そこに転がってる石にも神様がいるってのは

うんそうだなぁって単純に思います。

俺の好きな小説で

「第六大陸」ってのがあるんだけど、

月に日本の建設会社が結婚式場を作るって話で、

まぁ、ほんとに良くできたSFなんだけど、

そこで

「日本人は月に行っても、そこで新たな神を見つけるんでしょうね」

って神父から神主になった白人が言うんだ。

しびれたね。

俺の中にも仏はあるんかな。

その姿を掘り起こすのにさ、

我を捨てないとね。

自分の顔はですね



まだちょっと我が抜けた状態で、鏡と向き合ったことはないんです。


そういう時は自分を確認しようという発想が出てこないです。


普段は、おっむくんでるな。おっクマだらけだな。 あら、肌の調子いいな みたいな感じです。(普通~!)



> どっちにしても 己だ…
>
>
> 仮面を被ってでも人の為に何かが出来るなら素晴らしい。
>
>
それ、俺はなかなか出来ないんですわ。 自分が気持ち悪い。 


でも、最近は良心が発露したとき、ただその良心に間に合うように動くよう心がけています。


思考が働く前にやっちゃう。 


乗り遅れたらやらない。(いや、やれない) その時は後悔したりしますけど、自分に嘘つかないように、打算的にならないようにしております。 乗り遅れるとそうなるんで。


嘘ついたり打算的になると気持ち悪いんですわ。  


まあ、たいしたことはしてないですけどね。 自分の出来る範囲の日常の話です。

いいかえれば、「思いやり」? 


因みに、うまく乗れたとき、間に合ったときは、ただその行為に集注しているだけってかんじです。 


でも仮面をかぶっていても人の為になにかをするっていうのは、いいと思います。 


賛成! でも相手に期待したり、見返りを求めないことですね。 自分の為にすること。



> せめて 何があろうとも 微笑んでいたいなぁ(笑)


そうですね~、微笑んでいたい。 


マコトさん、コメント有難うございます。



> そこに転がってる石にも神様がいる


鏡を祭っているってことは、要は自分を拝んでるわけですよね。 (何を拝むかは知らんけど)

そこに転がる石にも神がいるなら、その拝んでいる自分の中にも神がいるってことですよね? 
そんな教えなんでしょうか? 


「遠い国はおぼろだが 宇宙は鼻の先…」 (Tさんの詩の一節)

遠くの神を拝んだっておぼろげだけど、神は自分の鼻の先に、傍らに、中にいまっせってことですかね。


そんな感覚を私は最近「良心」と呼んでますけどね。 




> 「日本人は月に行っても、そこで新たな神を見つけるんでしょうね」


そうそう、きっと「見つける」ものじゃなくて、「気付く」に近いんだと思う。


いますよ~マコトさんの中にも 


俳優という名のノミを持つ仏師マコトよ 浮き彫りにしておくれ(笑) 


明るく楽しく懸命にいきましょ~!




 

上手いこと言うなと思いつつ

俺は“神”だ




って言ったら、ドン引きでしょ。


普通はそうだし。


神を“遠い存在”に感じてればそうなる。


でもね


ホントに 中にいるよ!

…というより繋がってる。


科学を知れば、尚更 認めざるをえない。


これは 現実。


だったら 認知 するしかないっしょ!

じゃ、認知 するにはどうするか…

“当たり前”な事を “特別な事”と思えば良いだけさ!!

当たり前 の事なんてありはしない。


ぶっちゃけ


沖縄が基地問題ならず 鬼畜問題を引き受けてなかったら、本土はどうなってるか想像すれば良いだけさ!

絶対に 想像は及ばない、共感は出来ても実感はしない。


だけど



知ろう とする事が大切だと思う。

俺も沖縄に生まれてなければ、考えようとしなかったかもしれない。


だから


個人的に
募金もするし
奉仕活動もするし
職場の売上の一部をそこに回そうともしている。


だからと言って 生活は楽じゃない。


しかし


日本人として“先進国”に生まれ出る以上 明らかにスタートラインは雲泥の差で恵まれてるわけさ。

その奇跡を
認めず
努力せず
恨むなら


どうぞ



現地へ 行きなさい!



我々 日本人が置かれてる環境は、世界に類を見ない 教育大国の成せる業である。

ウソだと思うなら海外に出て生活してみたら良いよ。

普段なにげにやってる読み書きや、計算支払いも世界基準からしたら
考えられないくらい超上流だよ。


むしろ


地球規模で思えば、ひょっとして日本人ほど無責任な先進国人種はいないかもしれないさぁ。


「小麦粉がなくて困ってる?
パンがないならクッキーを食べたらいい」 と言ったバカモンヨーロッパ貴族令嬢がいたらしいけど

日本人が、そうなってないと言い切れますか!?


だからこそ


この記事に共感するし、再確認させられるものなんです。


まぁ 酔っ払ってるから、御勘弁して下さいな!

ショーゲンさんコメントありがとう。



そうそう、俺は「神」っていう発想では全然違う感覚ないんだよね。 

繋がっている、もしくは中にいる。俺は中に居る派だけど(笑)

そういうことさね。 

神って別に何かしてくれるものでもないし、ご利益的なものを求める自体間違っている。 

むしろ、ショーゲンさんのいう「当たり前のこと」、それだけで、十分に恵みを得ているわけで、それ以上を神へねだるなんておこがましい話よ。 

ただ存在していて、何も言わないし、何もしない。

ただただ見守っていてくれる存在。 


> 科学を知れば、尚更 認めざるをえない。
>
>
> これは 現実。
>

また機会があったときに、その現実の話を聞かせてくださいな。





> 沖縄が基地問題ならず 鬼畜問題を引き受けてなかったら、本土はどうなってるか想像すれば良いだけさ!
>
> 絶対に 想像は及ばない、共感は出来ても実感はしない。
>
>
> だけど
>
> 知ろう とする事が大切だと思う。
>
> 俺も沖縄に生まれてなければ、考えようとしなかったかもしれない。
>

俺のブログは、多くの人が見ているわけではないけど、これを見て頂けている、少数の人にでも、沖縄の鬼畜問題を少しでも考え、知ってもらう手助けになればよいと思ってます。



> 地球規模で思えば、ひょっとして日本人ほど無責任な先進国人種はいないかもしれないさぁ。
>
>
> 「小麦粉がなくて困ってる?
> パンがないならクッキーを食べたらいい」 と言ったバカモンヨーロッパ貴族令嬢がいたらしいけど
>
> 日本人が、そうなってないと言い切れますか!?
>

この日本人観も、多くの人に聞いてもらいたい話だね。 

俺にはまだなんともピンと来てないから、何とも言えないけど、その視線、その捉え方もあるんだよって知ってもらいたいね。 











しかし、酔っ払ってるね(笑) 結構飛び飛びショーゲン言語で書いているから、おもしろいけど、分かりにくいわ! 


でも、ありがとう。 

どんどんいっちゃって~!




プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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