我慢と鍛練の先へ



凄い男は言った。


我慢しているうちは、我慢ではない。
鍛練していると思えているうちは、いまだ鍛練ではない。

鍛練しているという意識がなくなって、自然にやっている行為が本当の鍛練だと。

鍛練しよう、と思って我慢している状態というのは、本当の意味での我慢でも鍛練でもない。



瞑想している、という意識があるうちは、真の瞑想ではないということと同じこと。



我慢、鍛練=つらさ。

つらさがつらさでなくなった時が本当に実のある時であると…


つらさも楽しみも不可分なものであり、分けるものではなく本来は一つのものである。



つらさから逃げてしまっては、一向に実のある時を得ることは無くなってしまう。



身に沁みる言葉である。




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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら



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