今は普通にコンビニや自動販売機で水を買うようになった。


私が高校生の頃までは、水を買うなんてアホか!と思ったものだ。


ひと昔前なら考えられないことがいつの間にか当り前になっている。


その人の慣れの感覚に先程ふと、危機感を感じた。


今や水の利権を争うことは当り前になり、より切実な状況になりつつあるようだ。


普通に考えれば、人間が水を汚し、水を自分らで買うようになった。
そして、水の利権争い。

経済世界に踊らされているように思う。



とは言っても、まだ水道の水を飲めるところは多々ある。
都内にもあるし、四国の西条は本当に水が綺麗で美味しい。


当たり前だったものが、どれ程有り難いものであったかを思い知らされる。




「恵み」

私達は多くの恵みの中で生きている。


生かして頂き有り難うございます。

日々呟く。







どこどこの水とは言うものの、水は地球全体で考えれば、「一」である。

水は「一」と数える。


あそこの水は綺麗で、ここは汚い…

それは成り立たない。

そう考えると…



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「一」

素晴らしい考え方だと思いました。
我を出すから分かれる。分かれれば争う。
国や人種にも言える事ですね。

「一」と思う範囲を広げれば…どうなるんだろう。

comment有り難うございます。


「一」と言ってはみるものの、まだまだ私には落ち切ってない机上の言葉です。

それを身体に落とすには、日々に全体感、全体観を持つことが重要な要素だと思い、意識しておりますが、なかなか難しいものです。


「多くの目を同時に持ちなさい」
師匠が言っていたことです。

一つや二つではどうしても偏ってしまう、より多くの目を増やすことが、全体観へ繋がって行くと思います。

そしてその目は、芽でもあると思います。


何時咲くやも分かりませんが、観ることは愛情を注ぐことになる。
そして何時かは花を咲かせるのです。

必ず



プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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