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「未だ生を知らず。焉んぞ死を知らんや」という果てない言葉をもちだしてみたはいいものの



何だかんだ言っても、どうにもこうにも「答え」を求めている。

「答え」なんて暫定的でしかないと分かっていてもだ。

またその「答え」なるものが何なのか?を追い求めるその動き自体が重要なことであると私が認識しているにおいても、「答え」の見つからなさに、苛立ちを覚えているのも確かだ。

「好奇心」と今の私の「答え」への欲求との質感は違う。

そう感じている。


孔子の「論語」なんぞをもちだしてみたはいいものの

さっぱり「分からない」ってことを素直に受け入れる許容が今の私にはないようだ。


単純にこの言葉の内容だけなら
「生の意味も知らないのに、まして死の意味など知ることができようか」ってことなのだろうが・・・

それに対して言うなら、どっちかの意味分かったら、どっちも分かると思うっていうことくらいだろうか。

生と死を分けて考えるならば、今はとりあえず「生」の側にいると仮定できるわけだから、「生」のことを存分に知ろや!って孔子さんも言うとるわけですな。

どのみちちょいと観念的なので、果てないな~と思うわけです。

「死」について、あれやこれやの見方をいろいろと感じさせられておりまして、

単純に「死んだ」ってことも定義するのが難しい時代です。

(時代性のことなのかは分かりませんが)


随分といろいろを分断してきて、それを言いようによっては多様性なんていっておりますが、違うと思うわけですな。

分断したら、多様ではないわけですわ。

切って繋がるってこともあるわけですが・・・


「生きろ!」・・・そう「もののけ姫」のコピーの一つとしてあったと思うんですけど、またこの意味が私の中で大きく広がりをもって響いております。

言葉にするのは、詩でもないこの文章の中では簡単なので言っておきます。




「生きてから死ね」



私はそう言います。 どのような理由があろうと。 
そして、どのような理由があろうと、その権利を奪うことは誰にも許されてはいない。 
どのようなモノにも許されてはならない。

そう言います。


理由? 


必要? 


じゃあ・・・


だって、不自然だから。











「生きてから死ね」

そう言えない

生を奪われる状況の人たちが多すぎる

多すぎる






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プロフィール

Yasuchika Konno

Author:Yasuchika Konno
金野泰史
舞踊家/俳優/生躰研究家


1999年俳優を始め、2003年から舞踊(舞踏)・俳優・パフォーマンスアーティストとして活動を開始。音楽家、美術家、写真家など他ジャンルのアーティストとのコレボレーションも多々行う。
底辺から頂点に自身が日々稽古して探求する中で捉えた身体観、身体感覚を通しての表現を追求している。
2009年パフォーマンスグループ【KIUNJI】(キウンジ)を立ち上げる。現在は芸術企画【KIUNJI】としている。
また生躰研究家として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、金野泰史、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


公式サイトはこちら


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