何もしてない人の思考や想念の世界では、やはり変化、変容は訪れなくて、やっぱり鍛錬が必要だとしみじみと感じる今日この頃

 


ということなんですが。 生躰研究家としましても、やっぱり身体のチカラ、もしくは身体による気付き、導きはとても大きいと思うんです。

それは肉体的な客観世界でサインを出してくれるので、とても分かりやすい。 (そうじゃない場合もありますが)
あとは、それの解釈の仕方なんですが、その解釈の仕方も、経過のさせ方、または治癒のさせ方によって、大きくその人の人生観、生命観、死生観を左右するものなんですが、極論的に、いいもわるいも無いので、なんとも選択の自由に任せるしかないのですが、その選択肢が西洋医学しかない場合、まだこういうのもあるよと選択肢を増やすためにインフォメーションしていくのは、ある種生躰研究家としての一つの役割だと思っています。

で、鍛錬っていうことなんですが、鍛錬って言うと、どうしても体育会系のイメージが先行しがちですが、(もちろんそういう側面もありますが)上記しているように、外傷や病気といわれるものの対応を、西洋医学のお世話にならないように、治癒、経過させることも、私のいう鍛錬となります。

この流れで言うなら、西洋医学が出てくる前は、外傷、病気と呼ばれるものをどう対応していたの?ってことなんですが、その辺は原住民族さんたちのライフスタイルから学べることはごちゃんとあるわけです。 
(具体的なことは各々調べてください笑、それも鍛錬です! このブログでもいいものあれば紹介していきますが)

で、それが何につながるかって言うと、人間力です。 

現代でも人間力的なことを謳う自己啓発本みたいのはあるかとおもうのですが、私の言うそれは、人間力っていうことよりも生命力ってことなんですが、それは生命至上主義の私からすれば、(現代で言われる人間力も、もちろん私の言う生命力とは繋がっていることなんですけど)、この社会システムで勝ち上がる、勝ち残る、負けない、安定、幸福とかいうことは私にとって重要度が低く、とにもかくにも生きものとして、悠々溌剌と生きることが、便宜上よしあし言うなら、よし!ということなんですね。

そのためには鍛錬が必要なんです。 身体=生命の。 

じゃあ何故鍛錬が必要かって言うと、それは現代社会の環境下で暮らしていると、人間力が落ちるからなんです。

じゃあ何故人間力が落ちるかって言うと、簡単に言えば、便利と過剰と搾取と管理によってですね。

その辺、原住民族さん達は、上記なき世界で生きておりますので、鍛錬の必要はないし、彼らの生活の中に、鍛練が含まれているからなんです。 

で、ですね。 先ほどから原住民族さん達をほめておるわけですが、じゃあ現代人も原住民族さんたちのような生活様式に戻ればいいかっていう話の展開に大体なるかと思うのですが、正直私は嫌です!(笑) というか無理(笑) もどっても江戸!

あと、現実問題的なニュアンスで言えば、非現実的な発想でしかない。となるわけですね。
(まあ、こんなのは、本気でやろうとしてないだけなんですけどね。だから私は「嫌」と言った訳です。今から原住民族生活は嫌ですし、実力もない。あくまで参考ですし、もう戻ることが出来ないところまで来てしまっているという想いもあります)

だから、そういう退行思考ではなく、進行思考でいきたいわけなんですが、進行といっても今のテクノロジーやらなにやらかにやらで、無駄なものはいっぱいあるし、無駄が害を生んでいたり、生命を殺していたりするので、「足るを知る」思想・哲学をしみこませるような環境づくりもさることながら、その環境づくりのために、人間力、生命力が必要だということで、鍛錬しましょうね~となるわけです。


私みたいに芸事、芸術やっておりますと、その鍛錬というものは付きものなので、やるわけなんですが、それによる弊害(間違った鍛錬法によるもの)もありますが、それも勉強ですし、失敗は目的へのプロセスですし、とにかく鍛錬によって人間力アップするよな~って自分で実感することも今までを振り返ってみると多々あるわけなんです。  
世間的に見て、私の鍛錬は、ちょいと特殊な鍛錬ではあるのですが。(私はまっとうだと感じてやってますがね笑)


で、鍛錬するための媒体はなんでもいいわけです。
自然と鍛錬になってしまう媒体ってのは理想ですけど。 
その中でも職人って、(職人ってカテゴリーじゃなくて、むしろ行為だな)職人行為は素晴らしいです。 私の場合すぐに宮大工とか庭師とか刀鍛治が出てくるんですけどね。


でもやっぱり命に触れる仕事はいいですよね。 分かりやすいと思います。
先日も自然栽培農業をしている方のお話で、裸足で畑仕事しているらしいのですが、裸足だと、土が自分の悪いものを吸い取ってくれてエネルギーもらえるって感覚が分かるみたいなんです。
いや~素晴らしい身体感覚!感覚世界! もう鍛錬の鏡ですね。 
(奇跡のりんごの木村さんも思い浮かべます)


私も最近しみじみ感じるのですが、鍛錬をする出来事って、自分で望んでいると自ずとやってくるものです。
そうして、そのチャンスを鍛錬と思って扱えば、自ずと鍛えられちゃうってことですね。
それプラス、日ごろの鍛錬の意識も勿論重要ですがね!!(自分にも言い聞かせながら)

ということで、「鍛錬」っていう言葉を頭の隅にでも置いておいて、覚悟しとけば、実力に見合った試練はやってくるので、鍛えちゃってください! 

で、それは苦しい時も勿論あると思いますが、愉しいもんです!


こんな、本当にお先真っ暗な世の中ですが、鍛錬しながらワクワク生きましょう!

鍛錬ってワクワクですから!











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プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
2009年パフォーマンスグループKIUNJI(キウンジ)を立ち上げる。(2014 年より芸術企画として活動)
また2013 年より生躰研究家として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会を行っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬をソロ公演で行い、YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。
また生躰研究家 金野泰史として「身体との付き合い方WS」も定期的に開催している。

このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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