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第一回 KIUNJI Art Project 「コダワリのコトワリ」 4/30(木) 20:00~ Youtube Live 配信

「コダワリのコトワリ」 

第一回「コダワリのコトワリ」トーク&パフォーマンス
詳細はこちら
https://note.com/kiunji/n/nc34f270fab6c


ゲスト:石井則仁 Ishii Norihito


2020/04/30(木)  20:00~
youtubeにて無料LIVE配信

https://bit.ly/2S9uHov

場所提供: 綜合藝術茶房 喫茶茶会記

料金:無料カンパ制(詳細は下記)

《お問合せ先》
kiunji105@gmail.com


映像:アベユウナ
音楽:Bo-z
意匠:Yanoya Design Works
協力:DEVIATE.CO 綜合藝術茶房 喫茶茶会記

出演:石井則仁 YASUCHIKA 

制作:芸術企画 KIUNJI

コダワリのコトワリTwitter
https://twitter.com/kodakoto





第一回目の「コダワリのコトワリ」はyoutubeにて無料LIVE配信します。
コロナの影響を鑑みて、基本的にお客さんは呼ばずに開催します。
なので、もろもろの製作費が回収できるわけでもなく、どのようにマネタイズすればよいのかは、これからの課題ではありますが、今回はストレートにカンパをお願いしたいと思い、
このnoteでの記事購入、PayPal.me、銀行振込(ゆうちょ銀行)の三つを用意しました。
「コダワリのコトワリ」は継続していこうと思っている企画です。
是非、この企画をカンパでも応援していただければ幸いです。


note
一番上のリンク先のブログの各記事の購入でのご支援です。
(全ての記事は無料で閲覧いただけます)
携帯キャリア決済・クレジットカード決済が可能です。

PayPal.me
「PayPal」のアカウントを持っていたら
https://www.paypal.me/kiunjiart
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5%程度の手数料で簡単に送れます!

銀行振込(ゆうちょ銀行)
記号-番号:10160 - 48568351
名前:コンノ ヤスチカ
銀行名 ゆうちょ銀行 金融機関コード 9900 店番 018
預金種目 普通 店名 〇一八 店(ゼロイチハチ店)
口座番号 4856835 表示を縮小






KIUNJI Art Project「コダワリのコトワリ」はnoteにて記事を更新していく予定です。
noteのフォローなど頂ければ幸いです。




「アナログからデジタルに軸足が移行する人間社会形態を目撃しつづけながら思うこと…」



アナログとデジタルの定義を把握してなかったので、改めて調べてみたらら(こちらを参考に
正確に言えば、データの扱い方の違いと言うことだった。
(この引用でアナログのメリットデメリットがとてもいい内容だったのだが、これはまたの機会に扱うことにしたいと思う)

それでここでは、自然空間→アナログで、段階もしくは断続空間→デジタルとしての意味合いとして使っていることを理解してもらって…


で、次の企画「コダワリのコトワリ」で初めてLive動画配信をする。

このブログでも幾度か言っていると思うが、
私は「生」(ナマ)であることLiveであることに拘ってきた。
そして映像に対しては、「生」に対し確実にこぼれ落ちるもの、失われるものがあるとも…
その「生」の拘りを捨てて、「コダワリのコトワリ」という企画を動画配信でやるのはなかなか乙なもんだと独りごちてみるw

「生」であることの重要性、豊穣さみたいなことは舞台を始めてからずっとテーマとしてきたし、「生」に触れる機会が減り、その「生」を感じる感受性がみる側も、みられる側も衰えていくことは私にとってよろしないことであり、
その為に「生」であることのクオリティーを重視し、質を問い、作品性よりも前にその芸術、芸術家自身の質を高めることの必要性を感じてきて、コツコツと精進して来た。

その質とは何かと言えば、
私にとっては身体の質であって、
内観的身体の層の深さ深度のことである。
私は芸術(特に身体が直接晒されるもの)が身体性を欠いて行ったら、終わりだなと思って来たし、
その辺に関しては大分前から警鐘を鳴らしてきたけど(って影響力なさすぎ〜w)
いよいよ今回のコロナで、舞台という「生」を体験する空間は変化せざる負えない状況になり、「生」に必要な身体の質はデジタルの奥に隠れてゆき、より問われる機会は減っていくであろう。




これから社会は更にデジタル映像の時代へと加速する。
その時代の流れも悪くないと感じられるようになった私の中で、思いついた今回の「コダワリのコトワリ」だが、
最終的には「生」に落とし所を持って行く為の、キッカケづくりの映像配信として位置付けており、
「生」であることが重要であること、価値あることを表現者側がどう証し出来るかってことがとても重要だと思い、それを紐解いてゆく企画として機能させたいと思っている。

(この辺の話は、noteの方でも書いているので、一読していただければとは思う)


それは、デジタル世界がこれから5Gになっても、VRやARがどれだけ発達しようと、社会形態がソサエティー5.0へ向かおうと、AIがシンギュラリティを迎えようと、
「生」はデジタルに優(まさる)…いや情報空間としてのことで言えばそうなる(よね?)が、
それよりも人間が体を持っている限り、人間は「生」に触れ、繋がりを持つことを希求するだろうし、必要であると感じるだろうし、大切だと言うことを改めてイシューとして、これからもやって行きたいからだ。



確か、このブログでも音のアナログからデジタルへの移行の例えを虫を使って例えたことがあったと思う。
生の虫を触る→虫網でとる、SP盤(ここでアナログデータへ)→虫籠に入れる、LP盤→ガラスの虫籠に入れる、Tape→虫が標本へ、CD(ここでデジタルへ)ここでの大きな変化は虫は死んでいるということ…確かこんな感じだったと思うw



デジタルとアナログ…
デジタルは0-1の二進法であって、分断された情報空間であり、ネットの世界がいくら広大になろうとも、そこには越えられないものがあると思っている。
例えば、攻殻機動隊で言うと、それはゴーストになると思う。
ゴーストとは何か?ってことだ。(いきなり攻殻機動隊w)

それは、私の命題でもある「生因」とは?「生きてるとはどういうこと?」ってことに繋がって、
アナログには、0-1の狭間に分断されない連綿とした繋がりがあって、
その繋がりが生命の圧倒的な情報空間を構成し、今を発生させ、それは人間に時を生じさせ、方向を生じさせ、空間が構成され、それ自体が生命の生命たる由縁に依拠されており、
デジタルには生じないことがそこにはあると思っている。

これは、生命、生の定義にもよるが、
シンギュラリティを迎えたAIがもし生命を産み出したら、覆る話ではあるかもしれない。
試験管ベイビーも、遺伝子操作、組み換えも、あれは0からではない。
生命の基盤あって操作しているに過ぎない。
確か、漫画ナウシカのシュワの墓所も、0から生命は生じさせてないはず…

まだそこは想像されていないはず…
まったく生命世界がないところの0から生命を生み出すという想像だ。

そもそも人間世界に0という概念はあっても、生命経験として0は果たしてあるのか?ってことにもなるような…
0はなくても「無さ」という経験は「ある」が…
という矛盾もデジタル世界はどう応じるのか?っていう興味はある。



私は思う、
人間社会はアナログからデジタルに軸足を移していっている。と…
そして今回のコロナは我々の意識をその移行に抵抗なく順ずるようにするには充分過ぎる出来事だ。
Society5.0、moonshot型研究開発制度…
潤沢な税金が投入され、その形態はもっと我々の生活の中に入ってくるだろう。

そんなこんなで、私はデジタルを批判し、抗って来た過去を持つが、
今はそれも大分薄れて、敵視することではなくなっている自分がいるのを私は歓迎している。
なぜなら、デジタル世界の恩恵を私は教授しているし、このブログもそうだし、これからもデジタルの利便さは活用していくし、面白がっていたい。

そう思えるようになったのも、
私の「全生」という命題を謳歌する為の軸を「生」に「身体」に置くことの大前提が私の中で揺るがないものとなったからだと思う。

いや〜、やっぱりカラダがさ〜オモロイんだて〜!(≧∀≦)ってことだw

揺るぎない圧倒的な「生」、生、生命の臨場感と、感応世界のかそけき実感のなさと、カラダの深度をこれらも私は欲しており、またそれを共感できることならしたいと思っている私がいることを私は喜ばしく思うし、その豊穣さ、満ちる感覚を経験してきたからこそ、そのように思うのである。




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コロナについての私感、私観


我が生の師匠がこのようなニュアンスのことを言っていたと聞いている。

「ウィルスや菌を薬やワクチンや科学技術によって人間はいじり過ぎて、いつか人間が対応出来ないような変異が起きるであろう」と

また生の師匠はウィルスや伝染病は人間の心身を成長させる為にとても重要な役割を担っているとも言っていたらしい。

根本的に私はこの生の師匠の言葉を採用している。

また私はパンスペルミア説というのが好きで、wikiから引いた説明をそのまま使うと
「生命の起源に関する仮説のひとつである。生命は宇宙に広く多く存在し、地球の生命の起源は地球ではなく他の天体で発生した微生物の芽胞が地球に到達したもの、とする説である。」
といったもので、生命起源もさることながら、ウィルスや微生物は彗星に乗って地球に落下し、根付いた地球の生命体と交わり変異し共生し、地球の生命体の変化、進化に大きく関与してきたと…
 
 ともかく私の前提としては、
ウィルスや菌などは、生物の成長にとってとても重要な役割を担って来ており、共生して来たからこそ今の生物や人間があるのであって、「戦う」なとどいう人間の概念や対峙の仕方はそもそもなく、共生することが必要である自然の営みだと、私は捉えている。

また、人間の科学、医学の進歩によって、かつては致死に至るウィルスや伝染病に人類が対応出来るようになり、この対応が「戦う」というスタンスであったにせよ、多くの人が助かって来た近代の歴史があることは知っているし、否定もしないし、その人類の経緯もまたひとつ大きくした枠組みに於ける自然の営みだとも思う。

そして、冒頭の生の師匠が予見したものが、今回の新型コロナだとするならば、これもまた自然の営みであり、それとどう付き合うか最終的には個々人の価値観、感性、または人間力に委ねられていることは自明であると私は思っている。

最後はやはり個々人でしかないことを、この様な状況が改めて炙り出してくれていると思うと、我々が成長するためのひとつ大きなキッカケとしてもはや機能してくれているコロナショック(経済的な影響はまた別の問題で、コロナウィルス限定での話として)ではないかと思う。


上記の前提を踏まえて、もう少し人間本位の視点に話を戻すと、
冒頭の話になるのだが、我々はウィルスや菌を敵視し対応し過ぎたあまりに(または敵視するようなバイアスにかかって)ウィルスや菌達が自然の法則として、我々人間にたいして脅威となる変異を繰り返していると私は捉えている。 
現代の過ぎた遺伝子操作や、現代医療、除菌(農薬や殺虫剤なども)などの行いが、そのキッカケであり、故に今回のコロナは巨視に於いても微視に於いても無意識的であろうと、意図的であろうとも人為的なことに由来していると言って間違い無いだろうと私は思っている。

その私の主観的な歴史、経緯を今回のコロナで、多くの人々が採用することになるのか否かは、期待するところではないが、このブログが誰かの目にとまり、この様な考え方をしている者もいるということが少しでも広がれば良いのではないかと思ってもいる。

このブログでも散々言ってきたことではあるが、我々が感覚し認識している世界は広大な生命の世界に対して、1%もないくらいだと私は思っているのだが、
人間社会、文明が築き上げてきた今あるこの現実社会は、とても小さな世界であり、我々人間が生命と関わらなければ生きてゆけない存在である限り、自然と共生して行くことは常々念頭に置いている必要があると私は思っている。

もしシンギュラリティーを迎えた広大なネットの世界に我々の存在がこの身体を手放して移行するならば、また違う世界が開かれてくるとは思うが、
今ここに身体をもって地球、太陽系、宇宙にグリッドして存在している人間としてのこの今は、自然に対する振る舞い方、嗜み方をもっともっと我々は学ぶ必要があるのではないかと…


まだこの現在進行形の新型コロナウィルスが今後どうなるかは分からねど、
また更にこの様な自然の変化と我々が向き合う機会は往々にしてあり、増えていくのではなかろうか?と私は思っている。

だから、少しずつでも、それらの機会を活かして、我々は、この星に馴染んでいく存在になることを私は望みもするし、希望しているし、そうなるであろうと連想する次第である。
無論そこには一生命体としての生きることに対する自立的な責任を引き受けた前提あってのことだ。
その上で、
何をどう思考し望もうが我々は自由なのである。
自由なのだから、私は自分が望む方へ思考し、意志を方向づける。

その意志のチカラも、生命のチカラも私達が今ここに集注する限り、活力溢れた存在として輝けることは経験則として信じているから、私は希望し続けていたいと思う次第である。






これを書き始めたのは、4/5の日曜だった。
昼頃に雨が降り始めてはいたけれど、ソメイヨシノは葉桜になりつつもまだ美しく、
花見をするには十分であった。
だが、人影は少なく、出かけていた私の目に映ったのは、閑散として商店街だった。





しかし久々にブログを書いたw
久々すぎてなかなか文章を書くのも時間がかかったわ。

何故だかわからないけど、今回のこのことに関しては、明文化する必要を感じたので、その意に乗って書いた次第。

まだ続きもあるので、体力ある方はどうぞw








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「MATSURU」にご参加頂いた皆様方へ、御礼申し上げます。

(スマホの方は、ページ一番下のPCビューにて御覧下さい)
  MATSURU5_convert_20190312200659.jpg   MATSURU4_convert_20190312201028.jpg MATSURU3_convert_20190312200936.jpg MATSURU6_convert_20190312200856.jpgIMG_1572_convert_20190312201130.jpg



無事に「MATSURU」を終えられたことに感謝いたします。

ご参加頂いた皆様方、
あの場、あの時を選んでいただき誠にありがとうございました。
そして、私を支えてくれ、あの時空を実装してくれた、
多くの仲間に深く深く感謝致します。



私の中では天候にも恵まれ、
(10日の雨も込みです)

あらゆる全てが最善だったと感じております。

それら全ての巡り合わせが有難く、

「MATSURU」をやろうと思い、そしてやってよかったと、心より感じております。

誠にありがとうございました。





そしてこれからは参加して頂いた皆様にだけ通じる言葉を使いながら綴って行きたいと思います。




2019
平成最後の
3/103/11
という日に

貴方様の世界の中に、
舞踊家YASUCHIKAを
登場させて頂いたことに
躰の深淵より感謝致します。
ありがとうございました。




そして
私が主役の世界からも申し上げるならば、
(人それぞれに感じ、思ったことは様々あるとは思いますが、私の世界なのでw)

あの場、あの時を選択し、
その氣の赴きに、
身体を乗せて、
あそこに存在し、
共に「MATSURU」を創造して下さった
貴方様に最大の尊敬の念と感謝を!

誰一人として、欠けてしまったら、
あの「MATSURU」は奉られなかったでしょう。
そう実感し、確信しています。

全てが必然で、完璧で、最善だったと。

「今ここ」ということを改めて用いるなら、
そうあることに努め、
そこから「本当はどうしたい?」を叶えることで、
全ては最善になるということが、
僅かですが、確かさをもって体験出来ました。
それは、今回の私の様々な試みを、
大なり小なりの勇氣を用いて実行した、
わたしから私へのご褒美だと感じております。

それらが、
「今ここ」に在ることのチカラ
それを経験出来たことが嬉しい限りです。

そして、また皆さんにお願いのような、願いです。

「MATSURU」を創造して下さった、
貴方様の選択を、どうか褒めちぎって頂けたら幸いです。
(勿論、そう思いたいと思う方のみで結構ですw)

因みに私は貴方様を褒めちぎってます!

そして、私自身のことも。
昨夜片付けを終えてから、今もこれを書いている時も
(あと今週末くらいまでは)
褒めちぎってます!
よくやったぞ!YASUCHIKAって。

子煩悩ならぬ自分煩悩(≧∇≦)これ推奨❗️

ということで、「MATSURU」によって、
舞踊家YASUCHIKAのUPdate完了しました。

これから舞踊家YASUCHIKA2.0として、
やってゆく所存です。
(無論、やってもやらなくてもどっちでもいい自由さで)


今回の自身の舞踊のみに対して、舞踊家として、思うことをひとつ言うなら、
モリっと伸び代満載の内容だったと省みています。

躰の可能性…
その無尽蔵さに対して昔から、
自分の至らなさを感じ
「まだまだ」「全然ダメ」とダメ出しばかりに目が行っていたし、
(実際いろいろダメはありますがw)
今回はそのダメもひっくるめて、肯定します!
いや、今回からは!肯定して行きます!
それがYASUCHIKA2.0ですわ。

とはいえ、しっかり精査するところはして行きます!
それがオモロイので。


そして
「MATSURU」の大きな目的
私の中の「311」に感謝すること
その目的が果たせたと感じております。
それはとても有難く、嬉しいことでした。

それをサポートしてくれた皆様方
重ね重ねではありますが、
感謝御礼申し上げます。







最後に海旅Campへの義援金の報告です。
15476円
(ドネーションBoxの金額5476円+参加費より1万円)

訂正です!
(小人の仕業でしょうか?(*´v`) 1400円のドネーションが鞄の中からひょっこりと出て参りました。
大変失礼いたしました。ということで)



合計 16876

1400円は海旅Campの仲間へ直接渡します。







ご協力ありがとうございました。

海旅ドネーション 





おいおい!その金額?って思った方は<続きを読む>を見て下さい。
ざっくりした収支報告晒しますw





見たい方だけ、見てくださいね。



続きを読む

『MATSURU』 3/10、3/11 @カフェ ムリウイ Yasuchika performance

スマホの場合PCビューで見て下さい。
下に行けばPCビューのボタンあり


2019 MATSURU
 

!急遽の参加も大歓迎!
氣が赴きまましたら
その氣に身体を添わせて
「MATSURU」
自身をお運び下さい
お待ちしております


2019
YASUCHIKA(Live)Performance


『MATSURU』

@cafe muriwui
http://www.ne.jp/asahi/cafe/muriwui/info.html

3/10  19:00~
3/11  19:30~
Fee(料金)
¥3000 ¥5000 ¥8000
 

料金選択制ーご自身が心地よい料金を選択して下さい
料金による優遇差はありません
いずれも1ドリンク別途ご注文いただきます


急遽お越しの祭は下記アドレスへ連絡頂ければ幸いです
(もしくは、直接会場へ(゚∀゚)え~)

《問合せ先》
matsuru0311@gmail.com

Facebookイベントpage


美術:Taiki Kusakabe
衣装:Kaori Kaneda(undaily gate)※3/11のみ
意匠:Yanoya Design Works
協力:Ikeda Ryudou, Uehara Hiroshi


出演:YASUCHIKA


制作:芸術企画 KIUNJI








平成最後の3・11

なにかしたいと思った
その声に従って
やると決め
「まつり」たいと思った
あえて何を「まつる」かと言えば
自分自身だと思った
3・11から「縁起」している自身だ
それに接続しつづける自身を
「まつる」
そして
この内なる声
意志決定の軸とし
このイベントをしようと思った

「本当はどうしたい?」

そう問いかけつづけ
そこからはじめ
本番の最中も問いつづけ
自身の内に他者性を見出し
わたしの「なさ」から「ある」を往来し
「今ここ」に在りつづける
その試みを実装する
イベントとして
「MATSURU」
まつりたい







※料金について

別途この設定において、記事書きました

これも「本当はどうしたい?」から初めて、
自分が「心地よい」と思う料金を出してみて、
そこから、色々と意見を聞きつつ、
行き着いた結果です。

人それぞれ、思うこと感じること、批判や批評など出てくると思いますが、
単純に「心地よい」料金を選んで頂けたら幸いです。



※黒字が出た場合、
(YASUCHIKAの今後の活動費を差し引いた分を)
保養団体「海旅Camp」へ寄付する予定です。

また、当日「海旅Camp」で創られた味噌を異例の異例で分けていただいたので、
味噌湯として振舞わせていただきます。

そして、「海旅Camp」へのドネーションボックスも用意しますので、ご協力頂ければ幸いです。








「MATSURU」の内容について書きました。

こちらも御覧下さい。

「MATSURU」は公演でなく、Liveだ~!








「MATURU」と「311」ってことで書きました。


こちらは読んで於いて頂けるとyasuchikaの意志がわかるかと思います。










続きを読む

プロフィール

Yasuchika

Author:Yasuchika
YASUCHIKA
舞踊家・俳優(+生躰研究家)


1999年より俳優を始め、2003年より踊り始め、2004年より、死んだら消える文化的かつ野性の身体観、生命観を学び始め、そのチカラを基とし、また蘇生させることを伴いつつ芸術表現へと転化させている。
また2013 年より生躰研究家、金野泰史として「生きてるってどういうこと?」(=生因)や響命する身体を軸とし、身体の持つ自然のチカラを活性させるワークショップや稽古会も行っている。
2016年より韓氏意拳や武術を始め、他ジャンルの身体、古の身体を通して躰を練っている。
2017年9月舞踊家としての生前葬を行い、舞踊家・俳優YASUCHIKAと改名し新たなスタートを切る。


このサイトでは、舞踊家・俳優 YASUCHIKA、【KIUNJI】企画の公演情報や自身のステイトメント、また生躰研究家としての身体観や考え方をブログ形式でお知らせします。


生躰研究家 金野泰史 稽古会 WorkShop(or lesson )案内はこちら


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